FILE049:仁義なきCarpenter
「えー! 蜂須賀さん、下の名前は蜜月って書いて、【みづき】って読むんですか?」
「そうなんだよ。ハネムーンだぞハネムーン! 今夜はこのままフェイたんとハネムーンだ。寝かさないよ~、はははははッ」
パーティータイムも終わったところで、踊り明かしたばかりのフェイを連れて
2人が打ち解けて、意気投合するまで時間はさほどかからなかった。
プライベートだと基本的にフレンドリーな蜜月はスキンシップも欠かさない。
まだまだ成長中というべきフェイの恵まれたプロポーションを見て鼻の下を伸ばし、注意されるといった一幕もあった。
「んで、フェイたんは大学出て、ご家族と一緒に日本までお引越しして来たと?」
「はい。それで、趣味でダンス教室に通っていて講習を受けてたんですけど、突然ヘリックスの人たちにさらわれてここに連れて来られたんです。ずっと不安で……」
彼女からの身の上話を聞いて、蜜月は自分からフェイに何かしてやれることは無いかを考える。
そんな彼女が自分なりに考えて、出した結論はこれだ。
「うし、わかった。ヘリックスってのはその辺抜け目なくって、ヤラシーからな。いろいろと不安っしょ。そこでだ」
「は、蜂須賀さん?」
その時、蜜月は編みこんで束ねられたフェイのプラチナブロンドの髪を優しくなでる。
フェイは頬を赤らめて笑みをこぼした。
「ご家族の安全を確保して、無事におうちへ帰せる目途が立つその時まで、ワタシんちで過ごしていきなさい」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「その代わりと言っちゃなんだけどねぇ。たまにで良いから、ワタシと一緒に……。ごにょごにょ」
「かくかくしかじか……。わかりました。この恩は必ずお返しします」
そこから先は他者に聞かれるとマズイため、蜜月はフェイの耳元でそっとつぶやく。
これでフェイは蜜月と約束を交わし、高級マンションに点在する彼女の自宅に住まわせてもらえることとなった。
「……でさー、正直割に合う仕事じゃあないんだけどね。ワタシにも暗殺者の誇りってもんがあるからな。プライドのほうだぞ」
「プライドのほうですね。わたくしもダンスにはまじめに取り組んできましたからわかります」
「お~。なんだかカッコいいじゃんよ……、フェイたん。裏社会の闇にどっぷり浸かって生きてきたワタシとは違うんだから、まっとうに生きていきなはれ」
「え? ……そうします!」
互いに笑顔になって語らう。
つい先ほど知り合ったばかりとは思えない空気が、2人の間には流れていた。
「……フン。久々に見かけたかと思えば、女ァ連れて浮かれやがって。その子俺に譲れや!」
そこで空気を読まず現れたのは、体格のいい黒スーツの男だ。
コワモテで色黒、髪型は短髪で眉毛は濃い目、顔には傷やほうれい線が入っている。
「あんた何イキってんの? 誰だっけ? ……あ~、思い出した。
「お知り合いなんですか?」
フェイが目の前に現れた黒スーツの男について、蜜月に訊ねる。
今更彼女や熊谷が暗殺者――つまり闇の住人であることにはとくに驚かない。
何があっても不思議ではない状況には慣れてしまっているからだ。
「このイキがり野郎はカーペンター熊谷、昔ワタシと組んでた殺し屋だよ。もっとも、こいつには仁義ってもんが無いからコンビ解消しちゃったけどね」
「殺し屋稼業にそんなものが必要あるかよ。だいたい、誇りだの信念だの、オメーはいつもくっだらねえ。ヘドが出らあ」
メンチを切って脅しをかけてきたので、怖くなったフェイは蜜月の後ろに隠れる。
彼女に笑顔を送って安心させ、蜜月は険しい顔をして自分よりも背の高い熊谷に視線を合わせた。
「違うねッ。くだらないのはお前のほうだな。そんなだから友達できないし、女の子にモテないんだよ」
「なんだとォ!? このアマッ!! 何が日本一金のかかる暗殺者だぁ!!」
ヒステリーを起こして殴りかかってきた熊谷の攻撃を躱すと関節技を決めて黙らせる。
速やかに当身を食らわせて報復だ。
ずっと彼女の後ろにいたフェイは、彼女の無駄のない身のこなしに驚き、魅了される。
「出直してきな。――さっ、行こうフェイたん」
「はい」
その場でうめき声を上げて倒れているかつての相棒・カーペンター熊谷には目もくれず、蜜月はフェイとともに去って行く。
行き先はもちろん、高級マンションである。
◆◆一方、その頃…………◆◆
「そうか――。やはり、君も気付いていたんだな」
「けど、【ミヅキ・ハチスカ】という名前までは知らなかったわ」
アデリーンはディスガイストのデータの提供も兼ねてテイラーグループジャパンに滞在中の虎姫に会いに行っており、暗殺者・蜂須賀に関する情報も欠かさず聞いていた。
「【黄金のスズメバチ】こと
「私の知っているミヅキは、【自分自身】を持っていないようには見えなかったわ。事あるごとに殺し屋なりの美学や誇りについて語っていたの。……そうした風に汚れ仕事をやってきた反動なのかもしれないわね」
秘書の磯村からの話を聞いて、渡された電子資料にも目を通したアデリーンは、自身の推測を語る。
けれどもそれが当たっているかどうかは、本人に聞いてみなければわからない。
「その人のパーソナリティがプロファイリングされた通りとは限らない。まあ、人の心までは探れないってことね……」
アデリーンが出したその結論を聞いて、虎姫は目を伏せてアゴに手を添える。
次に彼女は、不安に思っていることを思い切って聞くことに決めた。
「それで、なんで蜂須賀から決闘なんて受けたんだい? 罠かもしれないし、あの残忍冷酷でイカレた殺し屋が相手では、君でも危ないかもしれないんだよ……」
「罠だとわかっていても、行かなければならない。そんな気がしたの」
アデリーンは既に答えを出していた。
昨晩、蜂須賀蜜月本人の前で言ったのと同じように。
それを聞いて、虎姫はこれ以上言及しないことにした。
「わかりました。我々もあなたを止めはしません」
「私のことは気にしなくていいのよ。必ず勝利して、生きて帰ってくるから。それに……
虎姫と磯村の前で、アデリーンは自信に満ちた笑みとともに約束した。
そしてソファーから立ち上がり、踵を返す。
「じゃあ私、これからリュウヘイやアオイちゃんと予定が入ってるから。元気でね、ヒメちゃん」
「長々時間を取らせてしまって済まなかった。遠慮せず行っておいで……」
やっと笑顔を見せた虎姫と磯村と別れ、VIPルームを出たアデリーンは意気込みしてからエレベーターへと向かった。
◆◆
スマートフォンのSNSアプリに送られてきた通り、アデリーンは駅前のロータリー付近にあるハンバーガーショップへと向かって歩いていたところだ。
そこで竜平、葵の2人と待ち合わせをしていたのだ。
「おー、きたきた。お好きなもん注文してきてちょーだい」
「わたしたちも食べるのは待っておきますから」
「ありがとうね、そうさせてもらうわ」
家族連れやお1人様などなど、様々な客が訪れているその店の中でカジュアルな服装の2人と合流した。
そして速やかに注文を終え、照り焼きハンバーガーセットを載せたトレーを持った彼女は、竜平と葵が確保していた席へと座らせてもらう。
「ポテトあーげるっ♪」
「フゴフゴフゴフゴ……ガリッ! フゴフゴモグモグ……そのためのLサイズかよー!」
みんなで食べるために頼んだLサイズの容器から葵がたくさんのフライドポテトを取り出し、それを一気に竜平の口の中へ突っ込む!
アデリーンと葵によれば、「その時のしょっぱそうな竜平(リュウヘイ)のマヌケ面ときたらもう、最高!」だったらしい。
竜平はほっといて、女子2人はポテトを食べてあったまり、幸福を噛みしめる。
「いがーい。けっこうお食べになるんですね」
「そこは健啖家と言ってほしいな。うふふふ」
「てっきり、アデリーンさんはあんまり食べない方だとばかり……」
「そう? この前もそこそこつまんでたけどね」
言われてみれば――と、葵はアデリーンと話を弾ませている最中に思い出す。
知り合ったばかりのあの時も、助けてもらったあの時も、カメレオンの事件が解決したあの時も、用意したり、用意してもらったりしたおやつをパクパク食べていた――!
「あまり人のこと言えないけどね、ファーストフードばっかり食べてちゃダメよ」
「わかっちゃいるんですけどねー。サーセンしたっ!」
……と、アデリーンは照り焼きハンバーガーを食べながら、葵は竜平にも食わせてやったフライドポテトをつまみながらしゃべった。
余計な口を挟まぬように、竜平はおとなしくしてコーラを飲んでいる。
「口直しにソフトクリームでも頼もうかしら」
「わたしは~……、アップルパイかな。竜平君は?」
「もう食えねーさ。ポテトで腹ぁいっぱいだぁ」
竜平だけが、ふてくされた口調でデザートは頼まないという意思を示した。
それを見てクスクスと笑った女子2人は、うめき声を上げている彼を差し置いてデザートを頼みに向かう。
「おいしーい! ここのソフトって値段もお手頃なのよね」
「よそなら300円か400円くらいかかりますもんね。ホラ! 竜平君もこれ食べて元気出しなって」
「いらんもんは……いらーん!!」
食べ終わったら後片付けをしてこの店を出るだけなのだが、悲痛な叫びを上げる竜平をよそにアデリーンと葵はますます盛り上がる。
「フライドポテトさえたらふく食わされなければああああああ……!!」
血を吐きそうな思いまでして、今日ばかりは大好きなフライドポテトを恨んだ竜平なのだった。
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