FILE037:行かなくていいの?

「わあ! 本当にもらってしまっていいの、ヒメちゃん?」


「わたしからのおごりだ。遠慮しちゃいかん、どうぞ召し上がれ」


 オフィスルームやラボ、ゲーム開発部門、エニタイムフィットネスクラブなどなど――。

 社内の施設を一通り見学させてもらったアデリーンは、社員食堂へお邪魔してスイーツをおごってもらえることとなった。

 巨大企業というだけあって、食堂も広々としており、よりゆったりできるカフェスペースも用意されていてまさに完璧だ。

 気になるスイーツだが、その内訳はビターなブラックコーヒーと、それに合うチョコレートクリームとベリーもミックスされた、雪のように白いスペシャルショートケーキのセットだ。


「ありがたく、いただきます……!」


 手を合わせてから、まずはコーヒーにシロップをかけて、砂糖も甘くなりすぎない程度にほどほどに入れてかき混ぜる。

 次にフォークを手にして、ケーキをじっくりと味わい始めた。


「スペシャルにおいしい……!」


 目をきらめかせて心からの感想を述べる。

 本来ならば、有名なタレントのように長々としたコメントでもするべきなのだろうが、こういうのはシンプルなものほどいいのだ。

 作った店員たちも光栄だろう。


「あ、あの、スイーツだけじゃなくてランチもご馳走になって良かったかしら? ……さすがに図々しかったかな」


「いやいや構わないよー! せっかく来てくれたんだからね……」


 「遠慮はいらないぞ」、という旨を伝えようとした虎姫だったが、アデリーンはその意図を分かった上で次に食い気味にこう訊く。


「私のわがままは別にいいの。それよりも、ねえ……。良かったらヒメちゃんも、会いに行ってみない?」


「え? なんだい? いったい誰と……」


 いったん、自分の席を立って虎姫の近くへ行き、アデリーンはテキパキとスマートフォンを動かして写真アプリを開く。

 そして以前に撮影させてもらった浦和家の家族写真を表示した。

 真ん中に母の小百合、その両脇を固めて一緒にピースサインをしているのは長女・綾女と長男・竜平の姉弟だ。

 撮影したのはもちろんアデリーンで、自分が写る代わりに竜平に撮ってもらった女3人だけの写真も見せた。


「私のもう1人の父さん……コウイチロウ博士のご家族よ。これから久々にお邪魔しようと思ってるんだけど」


「……そ、そうか……! この人たちが浦和博士の……!」


 思わず目を見張って、息を呑む虎姫。アデリーンは肩の力を抜くように微笑みをかけた。


「とても会いに行きたい……が、今は会社のことから手が離せないからね……。手が空いたらまた付き合うよ」


「ヒメちゃん! そうよね、会社の経営は大事だもの」


「お詫びと言ってはなんだが、社員食堂のシェフ自慢のランチでもどうだい?」


「うふふ。お持ち帰りはOKだったかしら」


「あっ、あー……そうだね……大丈夫だぁ。そのくらいじゃあ、うちのシェフも困らないさ」


 また突拍子のないことを彼女は言う。

 少し戸惑ったが、答えはもちろんOKである。

 彼女からの対応にアデリーンは大いに感謝したという。



 ◆◆◆



 そして、また近いうちにまた会うことを約束して――アデリーンはテイラージャパンのハイテクビルを後にすると、ブリザーディアに乗って吉祥寺から浦和家へと移動していた。

 駐車場にブリザーディアを停めさせてもらって、家へと上がると浦和親子は快く彼女を迎え入れた。


「……それでね。こちらが日本支社に滞在中のテイラーの社長から直々にいただいたお土産のペナントや缶バッジにお菓子の詰め合わせと……社員食堂のシェフ自慢のランチをテイクアウトさせてもらったお弁当になりまーす」


 なんだかとてもウキウキ嬉しそうにしているアデリーンは、既にテイラージャパンでもらってきた土産モノを次から次へと竜平たちに紹介している最中だ。

 豪華な洋食メインのテイクアウトについては写メを撮ってアロンソとマーサにも送っており、シェアしたい欲求がそれだけ強かったと言える。

 アデリーンのプレゼン(?)が上手だったこともあり、浦和親子は3人とも食い入るように見つめていた。


「す、すっげー。本物じゃんよ……」


「あのテイラーの社長とお友達だなんて……! 私、虎姫社長のことすっごく尊敬してるんです!」


 様々なお土産や写真を見せてもらって竜平と綾女は感銘を受け、小百合は暖かい目でこの姉弟を見守っている。

 ここでも虎姫は人気が高いため、彼女と仲の良いアデリーンとしても鼻が高かったようで、彼女は優雅に微笑んでみた。

 そもそもアデリーンとて裕福な家の令嬢ゆえ、そうした仕草をしても別におかしくはなかった。


「けどアデリーン、テイラー社長とはいったいどうやって……」


「過去にちょっと、ね? ふふふ。ここから先はナイショよ」


 「しーっ」と、アデリーンは竜平の前で人差し指を立てる。

 それは、いけないなのだ。


「あたしもね、紅一郎さんが生きていた頃に付き添いで会いに行ったことあるのよ。あの時は虎姫さんもまだ子どもだったけど、その時からしっかりしてたわよー」


 すかさず、実は虎姫とは面識のあった小百合は思い出話を語る。それに聞き入るアデリーンと綾女と竜平。


「ただね。あの子、立場が立場だったから。時折「もっと自由に遊びたい」、「同年代の友達が欲しい」……って言いたそうな顔を、ちょくちょくのぞかせてたっけね」


「ヒメちゃんは社長令嬢ですからね。正直、周りが大人ばかりで過ごしづらかった……とは私にも教えてくれました」


 やはり思い出話に精を出すアデリーン。

 友人とはいうが、いったいいつから虎姫のことを知っているのか――? それは聞かないほうが良さそうだ。

 これはというよりは、というものだからだ。


「そっか。それで虎姫社長はアデリンさんに心を開いてベッタリ……? やはりそういうことなのね! すてきッ!」


 その時! 綾女の中で妙な方向にスイッチが入り、腰砕けな仕草と表情を取り始めた。


「お、お姉の目がキラメイている!?」


 竜平がビックリした通り、――、いや、としながら笑っている綾女は普段以上にまぶしく見えた。

 ……どちらにしても、友情とは尊いものであることに変わりはない。


「えー、やだなー。そういう関係ではないですよ?」


「それは前フリと見ていいですか? うふふふふ……♪」


「えへへへへ……☆」


「いいんじゃない?」


 竜平を1人差し置いて女性陣が盛り上がったことで、辺り一面に百合の花が咲き乱れた――かもしれない。


「お姉とアデリーンと母さんが、あらぬ方向に向かおうとしている~ッ!? うへあー……」


 せっかく思い出話に花を咲かせていたのに、気がついたらもう何が何やら。

 そのうち頭が追いつかなくなったので、竜平は目の前が真っ暗になり、考えるのをやめた。

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