第10話 転生

 遠野は図書室にいたので、俺はすべての事情を話した。

 いとこのミヤスコが転校してきたことや、そのミヤスコが前世の記憶を持つこと、俺も含めて、いろんな人に口説くどいてくることなど、詳しく俺は話した。

「――ミヤスコは転生した人間なんだよ。遠野」

「転生、すなわち輪廻転生りんねてんせいのことだね。これは、死んだ人間が、別の人間や生物へと新しく生まれ変わることを意味するんだ。氏原君。実に興味深いよ」

 そう言って、読んでいた六法全書をバタンと閉じた遠野は、図書室のテーブルに座っている俺へ近寄ってきて、説明した。

「もとは宗教用語なのだよ。今は、宗教色が薄れて、異世界へワープするような意味になっているが、この場合、前世の記憶を持つことが前提となる」


 彼の説明に対して、俺はこう言った。

「ミヤスコちゃんは前世の未亡人の記憶を持っているんだ。

 あいつが初めて前世の記憶を思い出したのは、6歳の時だったな。二人でプールで遊んでた時に、俺へ寄りかかってきたんだ。

『夫が死んでからずっと一人きりだったんだよ。抱いてくれる?足のふるえが止まらないの』と、当時ガキだった俺には意味不明なことをしゃべり始めたんだ。そこから、毎年、じょじょに思い出した記憶を語っては、さみしかったと泣くんだ。

 俺も母親を亡くしたばかりだったから、一人ぼっちの気持ちはわかる。同情して、『俺が付いているから、大丈夫。一人じゃないよ』と彼女をなぐさめてやったよ。

 今じゃ、前世のうっぷんを晴らすかのように、あちこちの男性を口説いてまわるんだ。今日なんて、俺や、俺の同級生にまで告白してきたんだぜ」


 俺は遠野にミヤスコのことを相談した。

 このままでは、アオイの目の前で、ミヤスコが俺のことを好きだと言いかねない。そうなれば、浮気嫌いのアオイに抹殺まっさつされるだろう。

 では、どんな対策をすればいいのか。

「なあ、遠野。ミヤスコちゃんの前世の記憶だけを消す方法はないのか?」と俺は聞いてみたが、彼は「ない」と断言した。


 彼は詳しく説明した。

「氏原君。そういう方法は見つかっていないのだ。

精神の統合失調症とうごうしっちょうしょうの患者に見られる妄想であった場合――つまり、彼女の記憶が全部ウソだった場合だね、そのときには、彼女を治療するという方法がある。

ところが、君の話を聞く限りでは、あながち妄想とは言い切れなさそうだ。実際には、世界各地で前世の記憶を持った人の報告例(注1)があるからね。よって、六条ミヤスコは真実を述べている」

「ああ、遠野。俺は本当の話だと信じている。アオイも信じるかもしれん。それでも、アオイは俺の浮気を許さないだろう」

 俺はなげいた。


「なるほど」と遠野は俺の周辺を歩き出した。「……そうだとすると、解決方法は一つしかないな」

 俺は身を乗り出した。

「それはどんな?」

「実に簡単なことだよ。氏原君。六条ミヤスコへ君の味方になってくれるよう頼めばいい。アオイちゃんの前では、彼女がおとなしくしてくれるよう、頼むのが得策だろう」

 遠野は俺へ作戦をさずけてくれた。


 遠野の作戦を実行することにした俺は、教室に戻って、アオイがいないことを確認すると、ミヤスコに言った。

「なあ、ミヤスコちゃん。ちょっと今いいか?……実は、お前におりいって頼みたいことがあるんだ」

「なあに?」と昼食を終えたミヤスコが興味深そうに俺をながめた。

「お前、遠野アオイのことをおばさんから聞いたか?――ああ、知ってるならいいんだ。彼女は、俺の許嫁いいなずけなんだが、浮気が大嫌いで、俺に暴力をふるうんだ。

 それで、お前に頼みたい事と言うのは、アオイがいる所では、好きだとか、愛してるとか、そういうのを言わないんでほしんだ。あいつに浮気だと思われると、困るからな。

 ミヤスコちゃん、お願いだ。俺の命がかかっているんだ」

 俺は必死に頭を下げた。


「ふふ。ヒカル君」とミヤスコは上目づかいで、みを浮かべた。「愛しのヒカル君のお願いなら聞いてあげてもいいけど、その代わり、ミヤスコのお願いも聞いてほしいな」

 人の足元を見るかのように、ミヤスコは言ってくる。

 俺としては、自分の命がなによりも大切だ。

「いいだろう。お前の願いを聞いてやる」と俺は了承りょうしょうしてしまった。

 その願いが俺の寿命をちぢめるものだとも知らずに。




注釈

(注1) 世界各地の転生の報告例

・月の王女だったが、地球の王子を愛してしまった

・魔法少女だったが、トラックにひかれてしまった

・地球を月から監視する役目の宇宙人だったが、母星が爆発してしまった

・魔界の盗賊だったが、瀕死の重傷を負ってしまった

・エジプトの王女だったが、父の王が暗殺されてしまった

・江戸時代に身分違いの恋をしたが、海に入って心中してしまった

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