第53話 センバツ一回戦の推移
大会一日目の第二試合は、その後瑞雲が一点を追加し、3-1で理聖舎に勝利した。
不可解なのは坂本のピッチングで、その後も三本のヒットを打たれた。
球速の最高は138kmで、聞いていたMAXには届かない。
もしも故障が完治していないのだとしたら、その状態でもエースとしてマウンドを託されたわけである。
(最後の打者にはボール球を振らせてたな)
技術でかわしたと言うよりは、ペテンにかけて騙した投球だと感じた。
それにしても、リリーフに立った最初の回。
あそこから一点も取られないためには、三振か内野フライが現実的だ。フォースアウトになるので一応は内野ゴロも選択肢に入る。
直史であれば外したストレートを打ち上げさせるか、スルーを使う。
しかし坂本のあのプレイは、いくらなんでも計算したものではないと思う。
確かにあのスローボールに、バッターは力んでしまった。むしろあそこからピッチャー返しに打ったところは評価出来る。
坂本は、少なくとも反射神経に優れているのは確かだ。
宿舎に戻ったところ、ジンたちも不思議に思っていた。
「なんとなく分かるけど、単純に言えば坂本は、意外な球を投げてるんだよね」
それは直史も分かる。
配球の基本を抑えたピッチングもするが、時々なんでそんなものを、という球種を投げてくる。
バッターにとっては絶好球と思えても、それが思ったより遅すぎたり、ほんの少し変化して凡退となる。
武市のサインに首を振ることはないのだが、おそらくこれは勝手に坂本が投げる球を変えているのだろう。
「やなピッチャーだな~」
別に首を振るのはいいのだが、頷いておいて違うボールを投げられるのは嫌なジンである。
坂本は異質だ。
直史もたいがい異質ではあるが、気持ち悪さでは坂本の方が上だろう。
「天才ってのじゃなくて、才能でもなく、センス? 感性だけで野球をやってる感じ」
瞬間的に感じる直感に従って、投げる球を変える。
「こいつのやってるの、野球じゃないよな」
直史はそんな風に表現をしてしまった。
「野球を舞台に……騙しあいをしてるようなもんだ」
「まあそれも野球の一つではあるんだろうけど、極端すぎるよね」
坂本はエースと言うよりは、ジョーカーである。
切り札ですらない、鬼札。
ただ、攻略法がないわけではない。
騙しきれずにヒットを打たれている。そこに付け込む隙がある。
大介には読み切った球が一球あれば充分だ。
「それに次は桜島と当たるから、あの人たち面倒なことなんも考えないし」
「確かに坂本にとっては相性最悪のチームかもしれないな。それに準々決勝まで進んだとしたら、春日山が勝ち上がってくると思う。樋口ならあいつとも渡り合えるだろう」
「一回戦とかでポカしなきゃね」
春日山は運良く21世紀枠と当たっているので、おそらく一回戦は勝つだろう。
今日の三試合目は、関東埼玉県の春日部光栄が勝った。
明日の第一試合で春日山が勝てば、春日対決である。別に全く関係はない二つの学校なのだが、こういう変なこともある。
「瑞雲と言うよりは坂本が不気味なことは確かだけど、まずは目の前の一戦だ」
「明日も調整練習だな」
センバツ甲子園、一日目が終わった。
大会二日目、第一試合では21世紀枠を相手に、上杉正也が大人気なくノーヒットノーランを達成した。
嬉しさも、半ばなりけりといったところだろうか。
お前、点差もあったんだから、消耗避けるために二番手に代われよと言いたくなる試合であったが、記録がかかっていたので仕方がないのだろう。
これで上杉兄弟は、甲子園で兄弟の二人ともがノーノーを達成したこととなる。
三里がこのような目に遭わないことを祈っておいてあげよう。
第二試合からは、二回戦で白富東と当たる可能性の高いチームが出てくる。
早大付属と、東名大相模原が勝ちあがった。
両者共に練習試合をしたことはあるが、東名大相模原はかなり前のことなので、監督の傾向ぐらいしか参考にならないだろう。
どちらもかなりの強豪であるので、先に潰しあってくれるのはありがたい。
そして大会三日目。
ついに白富東の初戦である。
一試合目は観客の応援も味方にして、予想通りに高徳が勝った。
スコアは5-4なので、それほど圧倒的というわけでもなかったらしい。
全道大会で優勝している北陽は甲子園常連なので、確かにそれぐらいの力の拮抗はあったのだろう。
もっとも接戦をものにしたのは、今後の対戦で活きてくるかもしれない。
よりにもよって白富東の次の対戦相手なのだが。
白富東がベンチ入りすると、それだけで球場が歪む歓声が起こる。
地元の後の試合だけに、お客さんもそのまま残っている。
夏の決勝で敗れたとは言え、内容は互角以上に戦っていた。
そして大介は色々とやってしまった上に、その後にもまた色々とやらかしてしまった。
ホームラン以外打たなくていいぞとまで言われているが、まあ期待しているのはそういうことなのだろう。
スタンドでは白富東の応援団が集結し、双子が踊ってイリヤの音楽が流れる。
ちょっとスタンドを映すカメラマンが多すぎはしないか?
甲子園は、ワールドカップではないぞ。
そんな中で先攻の白富東のノックが始まる。
シーナのバットが変幻自在に動き、内野から外野まで、素早くきれいに打ち分けていく。
先日の無観客の甲子園とは、やはり違う。
華麗なノックに客席が湧く。
「せ~の!」
「「「「み・ゆ・き~~~!!!」」」」
なんか変な声もあるぞ? あ、シーナが空振りしていらっしゃる。
ずっこけたが最後にはキレイにキャッチャーフライを上げて、彼女のノックは終わった。
弘道館の戦術は、割とシンプルである。
江藤というピッチャーが仕上がったので今年は上にまで来ているが、ほとんど毎年県のベスト4までは勝ち残るチームである。
特徴は守備と走塁。足の速い選手をスタメンにしていて、鈍足は代打でしか活躍の機会がない。
守備は鍛えられており、走塁は一死までに三塁という状況を何かなんでも作り上げ、そこからスクイズなり犠牲フライなり、その場に応じた手段で得点していく。
打撃陣は長打を打つよりも、つなげて点を取ることを主目的にしている。ただ監督の指揮によっては割と臨機応変にらしくないこともするわけだ。
「投手力A、守備力A、走塁A、打力Bって分析されてたけど、そんな強いと思えないよな」
ジンの見立てに、白富東のベンチは頷く。
なお白富東は投手力S、守備力A、走塁A、打力Sである。
他にS評価をもらっているのは、大阪光陰の投手力と桜島の打力のみである。
打席に立つのは、当然ながら切り込み隊長のアレク。
応援曲はまた変わっていて、キン肉マンの初代OPとなっている。
「GO!GO! アレックス!」と始まるわけだ。
弘道館の先発は、当然ながらエースの江藤で、140km台のストレートをアウトローに投げ込む初球。
普通ならそこは見送るか、ファールになる打球である。
しかしアレクは初球からそれを弾き返した。
レフトの頭を越える、ツーベースヒット。
いきなり初回から得点のチャンスである。
まず一点を取るなら、ここは確実に送りバントである。
ワンナウトで三塁であれば、ほぼ確実に点は取れる。
だが次の打者が大介なので、別にランナーを進める必要はない。
それでも最低でもランナーを進めるために、鬼塚はライトへ流し打つ。
ライナー性の打球がライン沿いに放たれたが、ライトがダイビングキャッチ。しかしアレクは中間地点で様子を見ず、ずっと二塁についていたままだったので、簡単にタッチアップで三塁まで進めた。
抜ければ確実に一点なのだが、次の打者を考えると、確実に三塁まで進んでおきたかったのだ。
ダースベイダーの登場テーマがトランペットで吹かれる。
そして歓声が波のように湧きあがり――そのまま引くことがない。
一試合目は地元兵庫の高徳が出場していたのにもかかわらず、ここまで盛り上がることはなかった。
たった一人のバッティングを見るためだけにやってきた観客が多すぎる。
その大介への投球は、さすがに江藤と言ってもまともな勝負にはいかない。
150kmを投げると言っても、相手は160kmを何度もホームランにしている化物だ。しかも、木製バットで。
幸い秋からは国内でも木製バットを使い出したとのことだが、それでもホームランを連発している。
塁が空いているので歩かせてもいい。
確かに四番と五番も四割を打つ打者ではあるが、一回からいきなりチャレンジするのは無謀でしかない。
膝元へのボール球。さすがにこれは打てないだろうというコース。
それを大介は掬い上げた。
「あ~、浮かせすぎたか」
今日は浜風が、そこそこ強い。
対空時間のたっぷりと長いフライ。
ライトはいっぱいにまで後退したが、そこから数歩は前進する。
位置が深すぎてアレクのタッチアップは防げなかったが、大介の一打席目は打点一で終わった。
正統派右腕を擁する弘道館に対して、白富東は直史が先発した。
そのピッチングは、秋までの彼を知っている者なら驚いただろう。
ストレートを主体にカーブを見せ球に、コーナーを突いて三振か打ち損じを狙ってくる。
実は変化球を多用していた頃から球数は少なかったのだが、あっさりとストライクを取ってくるピッチングは明らかに違う。
これは、打てるのではないか?
確かに速球のスピードは上がった。夏でも140kmに達しなかったストレートが、普通に140kmで投げられている。
しかしあの多彩な変化球を考えると、この程度の球速は畏れるに足りない。
球速を求めるあまりに、自分のスタイルを変えてしまった。
魔球も投げてこない。バットにはそれなりに当たる。
これなら打てる。
「そう思ってた時代もありました……」
三番打者の江藤の前で、直史が27個目のアウトを取る。
本日10個目の三振であった。
結局スコアも6-0の完敗。
大介はソロホームランを一本とヒット一本を打って、残りは四球出塁の二盗塁であった。
弘道館は内野を抜けたヒット一本と、四球で歩いた二人がいたが、一つは牽制でアウトにされた。
完全に封じられた。
投球数92球。被安打一、四球二、完封。
スタイルは変わったように見えたが、投球の理念とでも言うべき本質は変わっていなかった。
上位打線を上手くつないだり、下位打線で出塁したり。
白富東はまるで、今の実力を確かめるかのような、危なげのないプレイで弘道館を終始圧倒した。
二塁を踏ませない直史のピッチングに、江藤の速球を苦もなく打ち返す打線。
自慢の守備力がなかったら、試合が崩壊していたかもしれない。
(恐ろしいチームだが……)
この絶対的な強者に対して、江藤は粘り強く、ビッグイニングを作らせずに完投した。
(夏までには、まだ時間がある)
弘道館鍋島監督は誓いを新たにした。
甲子園の熱戦は続いていく。
横浜学一、大阪光陰と、超強豪は順調に一回戦を突破した。
大阪光陰は豊田が先発して、地味に甲子園初勝利を果たしていた。
帝都一も一回戦を勝ったので、ここまで関東・東京のチームは、全て一回戦を突破してきている。
そして大会四日目、遂に三里の出番が来る。
対戦相手は青森の強豪、津軽極星高校。
いまだに優勝のない東北地方の中でも、優勝が狙える東北地方で五指に入ると言われるチームである。
別に余裕をかましているわけではないが、大介は三里の応援団と共にスタンドで応援している。
義妹がブラスバンドに所属して応援演奏をしているので、自分も応援しないのもなんだと思ったのだ。元々三里とは仲はいい。
同じ県の、同じ公立。
三年前には全くの無名であったという、奇妙な符号がこの二つのチームにはある。
さすがに白富東のような、野球史に残るような奇跡は起きないが、三里にもちゃんと、地に足を着けた強さがある。
強豪相手に、一回の攻撃で先取点を奪った。これは三里の勝利パターンである。
しかし打者一巡もしない間に一点を取られて同点。
そこからお得意の継投策で、ランナーを出しながらも後続を絶つという拮抗状態となる。
ころころと投手が変わるのは、観客から見ていても面白い。
中盤、ランナーを二塁に進めて、古田のタイムリーでまた一点リード。
しかしすぐさま津軽極星も追いつく。
延長戦に突入。
十一回、西のソロホームランが出て、勝ち越し。
その裏のマウンドには星が立つ。
二死満塁まで追い込まれながら、いまだに星は冷静。
フルカウントまで追い込み、バッターに投げたアンダースローのストレートはピッチャー返し。
センターに抜けるかと思ったその打球を、星のスパイクが弾いた。
運もあった。
ボールがそのままサードの近くに飛び、それを素手で取ったサードは一塁へ送球。
ヘッドスライディングをしたバッターの執念も実らず、一塁アウト。
3-2の激闘で、三里高校は甲子園初出場初勝利を果たしたのであった。
ちなみにこれで千葉県は、二年連続で初出場初勝利を遂げたことになる。
(やっぱ野球ってすげえな……)
大介は感心していた。
あの、会うたびいつもムスっとしていた義妹が、隣り合った友人たちと抱き合って大泣きしている。
21世紀枠のチームではあるが、最後の星の執念によるスリーアウト目以外は、まさに実力でのぶつかり合いであった。
(千葉県同士で決勝を戦えたらいいだろうけどな)
なおこれまで、センバツで同一県同士の決勝というのは、愛知県同士というものが戦前にあるだけである。
都道府県まで広げるならば、京都府同士と東京都同士もあるのだが。
おおよそこれ以外は、波乱と呼ぶべきものもない試合が続いた。
「この島ってのが、左腕150kmなのか」
「うちにタケがいるから錯覚するけど、左腕の150kmなんてむちゃ珍しいからね」
一回戦は勝ったが、さすがに決勝までは残ってこないだろう。チームの得点力が低すぎる。
通用するピッチャーが一枚なので、初戦と次あたりが限界だろう。
あとは群馬県代表の前橋実業が勝って、関東の出場チームが全て一回戦を勝ち上がるという珍しい事態となっていた。
そして一回戦の最後の試合は、注目していた明倫館が勝つ。
この島は四つの中では一番マシなので、準決勝までは上がってくるかもしれない。
戦いの熱の消える暇もなく、二回戦が始まる。
×××
明日は二回投下予定。
どうでもいいことではあるが、シーナの上の姉は「みなみ」、下の姉は「はるか」という名前である。よりにもよって野球関係ない「みゆき」が野球するのは皮肉。
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