第34話 個性派?

「はーい皆さん! 起床の時間ですよー!」

 うら若き男子の部屋に入り、明倫館高校野球部の女部長松下は声をかけていく。

「はい起きて! はい起きて! はいはいはい!」

 明倫館の野球部メンバーは個性がはっきりしている。

 高校球児の常としては早寝早起きなのだろうが、たとえばエースの高杉は、早寝遅起きである。

 既に起きていた村田と桂を除いて、欠伸をしながらフロアに集まる。

「それじゃあ散歩ですよー!」

 ここも元気に宿舎を出て、松下を先頭に敷地を散歩する。


「桂君は早く寝たのですか?」

 村田はしっかりと眠ったはずだが、その目はいつも通りに半眼である。

「僕は状況に合わせるからね。監督は今日も遅いのか」

「あの人は指導と采配だけしてくれればいいのです。人格までは求めません」

 村田の言葉は辛辣なようだが、実のところ全く悪気がないのを桂は知っている。

 むしろ村田は、あのちょっとだらしない監督のことを、尊敬しているようにも思う。




 明倫館の現在の二年生は、ほとんどが同じシニアの出身である。

 一年生の主力もである。だが中心選手の中でも最も厄介と思われる桂は、出身こそ山口だが東京育ちであるし、村田も父の生まれは山口であるが、各地を転校して故郷に戻ってきた。

 進学校として有名だった明倫館で、野球部まで作ってさらに実績を上げようとしたのは、人口減少によりさすがの進学校もそれだけでは未来がないと思われたからである。

 幸いにも卒業生の中には政財界で成功したOBが多くいて、設備については目途がついた。あとは人材である。


 経営に関しては地元の名士であった家の娘、松下が教員として働きながら色々と尽力した。だが技術的な指導者が決定的に足りない。

 東京の大学に行っていた松下が、いい人はいないだろうかと大学時代の友人に話をしたところ、大庭浩二という名前が出てきたのである。

 元プロ野球選手であり、怪我が原因で引退してからは、その活動期間が短かったために球団職員としても残れず、職を転々としていたのだそうだ。

 しかしそのバッティング、特にミートに関しては天才であったと。

 そこでまずはお手並み拝見とばかりに地元のシニアのコーチとして招聘すれば、あっという間に全国大会に出るまでにチームを強くしてしまった。

 そしてその実績と鍛え上げた選手を揃え、いよいよ高校野球に進出しだしたのである。


 県大会ベスト8までは、初年度の夏から進出出来た。

 だが大庭にとっては少し意外であった。実のところ一年目からいきなり甲子園もありえるかと思っていたからだ。

 やはり自分一人では無理があるなと、昔の伝手を使ってコーチを集めた。ピッチングコーチと全体を見通す副監督的なコーチである。

 次の夏にはベスト4まで行けた。学校としても今度こそという意気込みはあり、二年目から入ってきた選手も鍛えられて、この秋からだという時に、正捕手が故障した。

 それまで黙々と練習をしていた、主に代打で使ってきた村田を仕方なく使ってみたら、こいつが天才であった。

 もっとアピールしてくれよな~と思った大庭であったが、村田はそういう人間なのだ。


 そもそも普通入学組であり、将来的には実家が医者なので、それを継ぐことをを目指しているのだという。あちこち転校が多かったというのも、父が大学病院からの出向で長崎に愛媛や大阪や東京と転勤していたのだ。

 そして東京時代に入っていたシニアは、超名門であった。

 特待生で残れという話もあったのだとは、実家を訪ねて両親と話した時に明らかになったことである。

 祖父がそろそろ引退を考え始めたので、医院を継げということで家族ぐるみで引っ越してきたのだ。


 村田がスタメンのマスクを被った夏の県大会後から、チームは負けなくなった。

 明倫館は場所柄、あまり練習相手に恵まれないのだが、それでも中国や近畿、北九州などに遠征の練習試合も行った。

 負けなかった。

 引き分けは何度かあったが、一度も負けなかったのである。その中にはあの大阪光陰もいた。


 村田が天才であると大庭が確信したのは、秋の県大会で優勝したころであろう。

 明倫館は弱い相手には圧倒的なコールドで勝ち、強い相手とは一点を争う勝負で競り勝つ。

 エラーや不運で相手のチャンスになっても、最小失点で切り抜ける。

 そして勝負どころでは確実にチャンスをものにする。

 言葉にしてしまえば、村田は野球が上手いのだ。


 大庭も選手としては感覚派で、指導の中でもそのバッティングの真髄を伝授することは難しかったが、村田はそれをちゃんと言語化することが出来た。

 キャプテンではないし、人の中心にいるタイプでもないが、三人目のコーチとでも言うべき存在になっていたのだ。

 人気の高杉、まとめ役の桂、頭脳の村田の三本柱である。




 先日の夜、大庭はその村田とキャプテンの桂を交えた指導陣で、白富東の攻略法を考えていた。

「最低でも三点必要です」

 村田は結論から言う。


 自前のノートPCで作成したソフトに、各種条件を入力していく。

 その中の大前提に、先発が佐藤直史でないこと、というものがあった。

「佐藤君からは一点取れるかどうかです」

 その言葉を否定出来る者はいない。


 佐藤直史の防御率は0.3以下である。

 つまり普通に試合をしていれば、一点も取られないということだ。

 対戦チームの強弱で変わるだろうと思いたいが、夏の甲子園の準決勝では、あの大阪光陰相手にパーフェクトピッチングであった。

 そしてワールドカップでも合計12イニングを投げてパーフェクトである。


 ここ最近で取られた点を分析すると、おそらくキャッチャーのリードミスであろう県大会の決勝を除くと、あとは坂本の一発だけである。

 ホームランを打たれた記録を遡って調べてみたが、一年の夏からは分かるのだが、一本も打たれていなかった。

 ヒットの連打や犠打、エラーなどによる得点は、ある程度守備のミスが絡む。一年の夏の県大会決勝は歴史に残る大誤審と言われているし、二年春のセンバツは雨によるエラーなどが重なっていた。

 残念なことに明日の天気予報は晴れである。

「今日は球数こそ少ないですが完投しています。先発は他のピッチャーが出てくる可能性は高いでしょう」

「決勝までに休養日があるけど、それでも出てこないかな?」

 意見を求めるのが監督側である。

「白富東はエースを温存して勝てるチームです。決勝の大阪光陰に備えて、他のピッチャーで勝負してくるでしょう。投げるとしてもリリーフで、それまでに何点取るかが勝負です」

「大阪光陰が勝つとは限らないんじゃないか?」

「大阪光陰でしょう。帝都一はかなり戦力が落ちています。早大付属との試合もぎりぎりでした」


 大阪光陰は今年も強いということだ。確かに集める限りでは、夏の甲子園で敗退した後、Aチームでは一度も負けていない。

 秋から背番号1を付けた真田が、これまた防御率1以下のピッチングをしているのだ。それは負けるはずはない。

「というわけでうち相手には岩崎君が登板してくるでしょう」

「佐藤弟か中村の可能性は?」

「左の少ないうちに、左投手を使う理由はありません」

 村田は断言するが、大庭はそこまでの確信はない。

「単に意表を突くためだけに登板してきたら?」

「そうなれば相手は最善手を打っていないことになりますから、普通にプレイすればよろしい」

 思わずこちらが頭を下げてしまいそうな、村田の言葉であった。




 神宮球場の準決勝第一試合では、大阪光陰が3-1で勝った。

 第二試合、先攻は明倫館である。

 じゃんけんで勝ち、大庭が選択した。

 白富東は格上であるし、想像もつかない大舞台を経験している。

 そんな相手に対して必要なのは先制点だ。それに神宮球場は満員で、客席からのプレッシャーも強い。

 観客の九割は白富東の味方である。そんな状況で守備にミスがないように、雰囲気に慣れるために先攻を取る。

 もしも先制点を取れたら、あちらの動揺も誘えるだろう。

 白富東の、唯一の弱点かもしれないところは、強すぎるところだ。

 去年の甲子園のスタメンを経験していないメンバーは、リードされる試合に慣れていないかもしれない。かもしれない、だけだが。


「白富東の守備に弱点があるとしたら、右方向だな」

 守備練習をする白富東ナインを眺めながら、大庭は呟く。

 あの中で一番キレのいい動きをしているのが、あの小さかった……今でもあまり大きくない大介かと思えば、少し涙腺が刺激される。


 明倫館の選手たちは、大庭と大介の関係を知っている。

 あえて明らかにするものでもないかとは思ったのだが、もしも対戦前の直前に、うかつなマスコミからそれを聞いたりしたらと考えると、打ち明けておくのが正しいと思ったからだ。

 選手たちは、あの白石の遺伝子の半分が監督と同じだと知って、その信頼を厚くした。

 人間性に関しては相変わらず馴れ馴れしい態度であったが、シニアからすると五年も一緒であるので、そこには馴れがあっても仕方がない。


 先発は村田の予想通りに岩崎であり、その攻略方法はちゃんと考えてある。

 岩崎自身は本格派の右腕で、球種もありコントロールも良く、特に目立つ弱点などない。

 弱点があるのは守備だ。特に右方向は、倉田、諸角の内野は専門職ではない。諸角はまだしも、倉田が危険だ。

 それでもあえて使うだけ、バッティングに期待されているのだが。

 あとは外野の沢口も、元はレフトでの起用が多かったのだ。


 岩崎はいい投手だ。甲子園では150kmを記録した。

 一年の武史が左で152kmを投げたので影は薄いが、安定感という点でははるかに上である。

 もっともそれだけに、計算もしやすい。


 先頭打者の伊藤は小柄だが、俊足で出塁率も高い。まず理想的な一番打者と言えるだろう。

 これに対して岩崎は直球主体、三振で切って捨てた。

 二番の久坂は、あまり二番らしくないバッターだ。

 とは言っても小技が出来ないとか、器用貧乏とかではない。良い意味であまり二番らしくない、打率と出塁率の高い二番なのだ。

 しかしこれもスライダーで内野ゴロにしとめた。


 そして三番の村田である。

 この打者が一番危険であるのは、ジンも岩崎と話して攻略は考えてある。

 もっともホームランを打つほどの長打力はないので、この場面では普通に対処すればいい。

(低めに集めよう)

(了解)

 ここまで打者二人で六球と、いい配分で投げてきている。

 実際の村田の打席を体験するために、ホームラン以外は打たれてもいいように、変化球主体で攻める。


 スライダーでストライク。

 ストレートを内角のボール球。

 チェンジアップを外角いっぱいと、普通の緩急の付け方だ。

(外角いっぱいにカットボールを)

 頷いた岩崎の球は、要求通りのコースに来る。

 しかしここまで一度も振らなかった村田が当てて、ファールとなった。


 そこから村田はストライクをカットし、ボール球を選ぶ。

 四球出塁が狙いかと思ったが、アウトローいっぱいのスライダーを引っ掛けて、ファーストゴロでアウトになった。




 あっさりと三者凡退に取りたかったが、村田に粘られたことでややリズムは崩れたと言っていい。

 ベンチに戻ったジンは確認するが、やはり村田は三振が少なく、粘り強いバッティングをする打者だ。

 ヒットが打てないと思った時には、ピッチャーの体力を削りにかかってくるのだ。


 神宮大会の11月は、ピッチャーの体力をあまり削らない。試合数も少ないので、かなり無理がきく。

 だがピッチングというのは体力以上に、集中力と精神力が必要である。

(つーこった勝負は終盤って考えかな? でもうちはアレクもタケもいるし、短いイニングならナオも投げられるし)

 あちらも控えの投手はいるが、高杉に比べると落ちるのは間違いない。

(早めに点を取って、決勝のためにも疲労を残さない試合にしたいな)

 一回の裏、白富東の攻撃は、いつも通りにアレクから。

 この攻撃をあちらがどういなすかで、今日の試合の行方も分かるだろう。

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