第一章 僕と黒騎士と、契約と
第21話 商業都市
「ん…………ふぁあ……んぁ?」
目を覚ますと、見知らぬ天井が目に入った。えっと、ここどこだっけ? 家じゃないし、学校の保健室ってわけでもなさそうだ。
見回せばカーテンが見える。独特のにおいと相まって、病院のようにも感じる。
「ここに来るまでの記憶がないな。最後の記憶は…………」
光。車。夜空。光。
フラッシュバックしたその記憶に、思わず吐きそうになった。そうだ、僕は事故に遭って…………遭って、どうしたんだっけ? 何か大切なことを忘れている気がするけれど、事故に遭ったから病院にいると考えれば辻褄は合うよな?
「おや
そんな風に考えていると、ベッドの横から声をかけられた。僕はその声の主を見ようとして首を巡らせ、声を失った。
簡素な白いワンピースに、窓から入る陽に照らされてきらめく同色の髪。僕を見ている瞳は暖かな色をたたえた紅。背はそれほど高くない。十代前半ぐらいだろうか、街を歩けば十人が十人とも振り返るような美少女が、僕が起きたことを喜ぶように微笑んでいた。
「あ、えっと、その?」
「ん? どうかしたのか?」
「いや、その、あなたは…………?」
僕が混乱のなか発したその言葉は彼女にとっても予想外だったようで、僕たちは互いに「?」という顔をしていた。
「あ、主様よ、それはいったいどんな冗談だ?」
「あるじさま? 僕が?」
「?」
「?」
しばらく僕らは見つめ合っていたが、彼女が「マジか……」とつぶやいたことで目が離れた。正直、ホッとする。あまり美少女には縁がなかったもので、なんだか緊張してしまっていたのだ。でもなんだかこの緊張感、どこかで覚えがあるような?
そんなことを考えていると、彼女がベッドに乗ってきた。
「頭を打っていないことは確認済み。ということは単に衝撃による一時的な記憶の混乱だろうか」
「ちょ、えっ、待って!」
「いや、待てないな。主様に何らかの異常がみられるのならば、
「え何それ怖いんだけど!?」
「問答無用!」
「ッッッッ!?」
グーで殴られた! しかも見た目に反して大人に殴られるより痛い! どうして僕は初対面のはずの女の子に殴られているんだ!?
「ううむ、叩けば治るかと思ったんだが」
「叩いただけで治るなら病院に行く必要ないだろ!」
涙目で叫ぶ僕を見ながら、彼女は不思議そうな顔をする。そんな顔しても痛いのは変わらないんだよねぇ……。
「ふむ、ならばこちらを使うとするか」
そんな僕を横目に、彼女は後ろに手を伸ばして何かを体の前に持ってきた。
それは、一振りの美しい剣だった。片手用だろうか、刃が蒼く、柄は黒い。刃の表面には細かな紋様が走っているが、それ以外にこれといった装飾は見当たらない。いや、柄と刃の間、
「…………ぁ」
思わず口を開けて見とれていた僕は、彼女が持っているものが剣であることを再認識した瞬間、ベッドの隅へと飛びずさった。
「な、何をするつもりだ」
「切ったりはしない。ただこの剣に触れてくれればいい」
「…………」
「そんな不審そうに見るのではない。さっさとしてくれ」
少女の言葉に、僕はしぶしぶ手を伸ばす。柄は、意外とひんやりとしていて心地いい。
「よし、ちゃんと握ったな。ではいくぞ。〈私の記憶の淵に立つお前、そこは湖、湖面に映る記憶はお前の記憶、お前の記憶は湖の底から溢れ出る、それはまるで噴き出すように〉」
「っ!」
少女が不思議なリズムでことばを発するとともに剣が光り、僕の頭が痛みだす。それと同時に、僕が何をしてきたのかという記憶が頭の奥から噴き出してきた。
「っはぁ、はぁ、はぁ……」
「思い出せたか?」
「うん、なんだか心配をかけたね、リーリス」
リーリスと呼ばれた少女は、僕の言葉にやれやれといった様子で首を横に振った後、花が開くような笑顔を見せた。
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