泮水(引用29:魯僖公、淮夷を討つ)

泮水はんすい



思樂泮水しがくはんすい 薄采其芹はくさいききん

魯侯戾止ろこうれいし 言觀其旂げんかんきき

其旂茷茷ききはいはい 鸞聲噦噦らんせいえつえつ

無小無大むしょうむだい 從公于邁じゅうこううまい

 泮水のほとりに出、セリを摘む。

 茂るセリのごとく、

 人材満ちたる魯の国よ。

 人々が魯公の出来を見れば、

 きらびやかな旗がはためいている。

 鈴の音が美しく響く。

 人々は身分の高低に関係なく、

 みな魯公に付き従うのだ。


思樂泮水しがくはんすい 薄采其藻はくさいきそう

魯侯戾止ろこうれいし 其馬蹻蹻きばきゃくきゃく

其馬蹻蹻きばきゃくきゃく 其音昭昭きおんしょうしょう

載色載笑さいしょくさいしょう 匪怒伊教ひどいきょう

 泮水のほとりに出、藻を摘む。

 茂る藻のごとく、

 人材満ちたる魯の国よ。

 人々が魯公の出来を見れば、

 車を引く馬の壮驍なこと。

 鈴の音が美しく響く。

 魯公は威儀を正し、時に笑う。

 怒りは示さず、人を導く。


思樂泮水しがくはんすい 薄采其茆はくさいきぼう

魯侯戾止ろこうれいし 在泮飲酒ざいはんいんしゅ

既飲旨酒きいんししゅ 永錫難老えいしゃくなんろう

順彼長道じゅんかちょうどう 屈此群醜くつしぐんしゅう

 泮水のほとりに出、フキを摘む。

 茂るフキのごとく、

 人材満ちたる魯の国よ。

 泮水のほとりで、魯公は酒を頂く。

 宿老らにも酒を賜い、

 彼らの長寿を願う。

 長久の道に従い、

 魯の国民らを治められるのだ。


穆穆魯侯ぼくぼくろこう 敬明其德けいめいきとく

敬慎威儀けいしんいぎ 維民之則いみんしそく

允文允武いんぶんいんぶ 昭假烈祖しょうかれつそ

靡有不孝びゆうふこう 自求伊祜じきゅういこ

 僖公はよく徳をお修めになり、

 よくその徳にて慎まれる。

 そうして威儀をお示しになり、

 民の道しるべとなる。

 実に文武に長けられ、

 偉大なる先祖にも近しい。

 先祖の廟に孝行の限りを尽くし、

 国家に幸いの降らんことを願う。


明明魯侯めいめいろこう 克明其德こくめいきとく

既作泮宮きさくはんきゅう 淮夷攸服わいいゆうふく

矯矯虎臣きょうきょうこしん 在泮獻馘ざいはんけんかく

淑問如皋陶しゅくもんじょこうとう 在泮獻囚ざいはんけんしゅう

 僖公はよく徳をお修めになり、

 よくその徳を明らかとされる。

 泮水の側に宮殿が建てば、

 淮水沿いの蛮夷も帰服する。

 そこには虎のごとき将軍らの

 活躍があった。

 敵の左耳を戦勝の証として献上し、

 捕らえた蛮夷への尋問は、

 古の名裁判官、皋陶のごとし。

 こうして彼らを奴婢とし、

 僖公に献上するのである。


濟濟多士せいせいたし 克廣德心こくこうとくしん

桓桓于征かんかんうせい 狄彼東南てきかとうなん

烝烝皇皇じょうじょうこうこう 不吳不揚ふごふよう

不告于訩ふこくうきょう 在泮獻功ざいはんけんこう

 数多なす名臣たちは、

 僖公の威徳を世に広める。

 勇壮なる蛮夷征討の軍は

 東南の蛮夷を見事に退けた。

 重厚雄大なる戦士たちは

 しかしあたら騒ぎ立てもしない。

 誰ひとり軍紀に背くこともなく、

 こうして泮水の宮殿にて、

 僖公に功績を献上するのだ。


角弓其觩かくきゅうきぐ 束矢其搜そくしきそう

戎車孔博じゅうしゃこうはく 徒御無斁とぎょむえき

既克淮夷きこくわいい 孔淑不逆こうしゅくふぎゃく

式固爾猶しきこじゆう 淮夷卒獲わいいそつかく

 角で作った弓はよく反り返り、

 矢はたっぷりと用意されている。

 ずらりと並ぶ戦車隊は平原を埋め、

 歩兵も御者も意気盛ん。

 淮水の蛮族をよく打ち破り、

 かの者らも従順となった。

 こうして僖公のはかりごとは結実し、

 淮水沿いの蛮族をよく従えた。


翩彼飛鴞へんかひきょう 集于泮林しゅううはんりん

食我桑黮しょくがそうたん 懷我好音かいがこうおん

憬彼淮夷けいかわいい 來獻其琛らいけんきしん

元龜象齒げんきしょうし 大賂南金だいろなんきん

 フクロウが、泮水の林に止まる。

 黒いクワの実をついばめば、

 悪声だったはずのフクロウも、

 たちまちに美声となった。

 かのフクロウのごとく、

 淮水の蛮夷も徳化し、

 僖公の元に財宝を献上してきた。

 大きな亀や象牙、

 南方より産出された黄金などである。




○魯頌 泮水

僖公の淮水域に住まう蛮族掃討を記念する歌であるが、「蛮夷を払う」とはよくも言ったものであるな。いや、いいのだが。




■小と大となく

面白き言い回しなので流行っているのかなと思ったら、実質世説新語にしかいなかった。いってみれば「公」に対する追従の言葉なのであるが、後者の簡文帝司馬昱の発言は桓温とのせめぎ合いの中で様々な取りようができる言葉なので、実に興味深い。


・晋書52 孫盛 子 孫放

・世説新語 言語49

 與父俱從庾亮獵,亮謂曰:「君亦來邪?」應聲答曰:「無小無大,從公于邁。」

・世説新語 言語56

 簡文作撫軍時,嘗與桓宣武倶入朝,更相讓在前。宣武不得已而先之,因曰:「伯也執殳,爲王前驅。」簡文曰:「所謂『無小無大,從公于邁』。」




■泮宮、それは重要な宮殿

漢書25.1 郊祀上 に、

周公相成王,王道大洽,制禮作樂,天子曰明堂辟雍,諸侯曰泮宮。

と言う表現が見え、当詩で魯の僖公が泮水のほとりで建てた宮殿で執務を取ったところから、一つ拡張した用法が生まれる。史書での引用は当詩で言うもの、そしてこの拡張されたものが混在しておる。


・史記8 封禪書

・史記121 申公

 括地志云:「泮宮在兗州曲阜縣西南二百里魯城內宮之內。鄭云泮之言半也,其制半於天子之璧雍。」


・三國志1 曹操

 夏四月,天子命王設天子旌旗,出入稱警蹕。五月,作泮宮。


・晋書34 杜預

 預以天下雖安,忘戰必危,勤於講武,修立泮宮,江漢懷德,化被萬里。

・晋書83 江逌

 周宣興百堵之作,鴻雁歌安宅之歡;魯僖修泮水之宮,採芹有思樂之頌。

・晋書65 王導

 故有虞舞干戚而化三苗,魯僖作泮宮而服淮夷。桓文之霸,皆先教而後戰。

・晋書87 李暠

 有白雀翔于靖恭堂,玄盛觀之大悅。又立泮宮,增高門學生五百人。


・宋書14 礼一

 漢獻帝建安二十二年,魏國作泮宮 于鄴城南。

 故有虞舞干戚而三苗化,魯僖作 泮宮而淮夷平,桓、文之霸,皆先教而後戰。


・魏書48 高允

 咸秩九疇,亦由文德成務。故辟雍光於周詩,泮宮顯於魯頌。

・魏書77 羊深

 昔魯興泮宮,頌聲爰發;鄭廢學校,國風以譏。

・魏書108.1 礼一

 臣聞魯人將有事于上帝,必先有事于泮宮,注曰,『先人』。




■クワの実を食う

詩では「桑黮」と、黒いクワの実のことを指すのであるのだが、史書ではほぼ完璧に「椹」で引かれる。この字は日本ではサワラの木(ヒノキの親戚)とされるのだが、間違いなくこれではなかろう。字典を引けば「同“葚”,桑樹的果実。」とのことである。ともあれこの実を食すことによって、フクロウのガラガラ声が美しき声に変わることを語る。すなわち「恵みを与えることによって教化される」意味合いを伴うのであるが、……ずいぶんとまあフリーダムに援用してくれるものである。余りにも多彩なので、もはや解説をつけずに投げ出す。将来気が向いたら分類を図るやも知れぬが、正直ここから先は諸賢に任せたい気もせぬではない。


・三國志29 管輅

 夫飛鴞,天下賤鳥,及其在林食椹,則懷我好音,況輅心非草木,敢不盡忠?


・晋書123 慕容垂 

 謂卿食椹懷音,保之偕老。豈意畜水覆舟,養獸反害,悔之噬臍,將何所及!


・宋書75 王僧達

 曾無在泮,食椹懷音,乃協規西楚,志擾東區,公行剽掠,顯奪凶黨,倚結羣惡,誣亂視聽。

・宋書83 吳喜

 君等勳義之烈,世荷國恩,事愧鳴鴞,不懷食椹。


・魏書32 崔逞

 取椹可以助糧。故飛鴞食椹而改音,詩稱其事。

・魏書59 劉昶

 陛下惠洽普天,澤流無外,武興蕞爾,豈不食椹懷音。

・魏書88 竇瑗

 今聖化淳洽,穆如韶夏,食椹懷音,梟鏡猶變,況承風禀教,識善知惡之民哉。


・世説新語 言語94

 張天錫爲涼州刺史,稱制西隅。既爲苻堅所禽,用爲侍中。後於壽陽倶敗,至都,爲孝武所器;毎入,言論無不竟日。頗有嫉之者,於坐問張:「北方何物可貴?」張曰:「桑椹甘香,鴟鴞革響;淳酪養性,人無嫉心。」


また、どうも「懷音」のみで独自の派生もしておるようである。この語が宋書魏書にしかないあたり、この用法には晋で何らかの画期があったようであるが、史書検索の上では上手く見出すことができなかった。


・宋書16 礼三

 賢王入侍,殊生詭氣,奉俗還鄉,羽族卉儀,懷音革狀,邊帛絕書,權光弛燭。

・宋書20 楽二

 翠蓋燿澄,罼奕凝宸。玉鑣息節,金輅懷音。


・魏書16 拓跋叉

 曾不懷音,公行反噬,肆茲悖逆,人神同憤。

・魏書67 崔鴻

 況愚臣沐浴太和,懷音正始,而可不勉強難革之性,砥礪木石之心哉?




毛詩正義

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