小明(引用13:遠役の孤独)

小明しょうめい



明明上天めいめいじょうてん 照臨下土しょうりんかど

我征徂西がせいしょせい 至于艽野しうきゅうや

二月初吉にげつしょきつ 載離寒暑たいりかんしょ

心之憂矣しんしゆういー 其毒大苦きどくだいく

念彼共人ねんかきょうじん 涕零如雨ていれいじょう

豈不懷歸がいふかいき 畏此罪罟いしざいこ

 高貴なる天よ、よくよく天下を照らし、

 下々の苦境を照らしておろうか。

 いま私は公役のため西に赴き、

 遠き荒野へと至った。

 年が明け、すでに二月ともなるが、

 故郷より遠き地で寒暑に喘いでいる。

 我が心の苦しみは、さながら

 毒薬を仰いでおるがごとくである。

 友人らは平和に暮らしておろうか。

 懐かしさ、羨ましさで涙をこぼす。

 帰りたくないはずもないが、

 任務を放り出せば、罰されもしよう。


昔我往矣せきがおういー 日月方除じつげつほうじょ

曷云其還かつせいきかん 歲聿云莫さいしんうんばく

念我獨兮ねんがどくけい 我事孔庶がじこうしょ

心之憂矣しんしゆういー 憚我不暇たんがふか

念彼共人ねんがきょうじん 睠睠懷顧けんけんかいこ

豈不懷歸がいふかいき 畏此譴怒いしけんど

 出立した時には、新年であったか。

 いつになったら帰れるのであろうか、

 ついに歳も暮れなんとしている。

 一人きり、際限なき労務に追われ、

 心の憂いを労わる暇もない。

 故郷の友人らとの思い出にふける。

 帰りたくないはずもないが、

 任務を放り出せば、

 大いなる譴責は免れられぬ。


昔我往矣せきがおういー 日月方奧じつげつほうおう

曷云其還かつうんきかん 政事愈蹙せいじゆしゅく

歲聿云莫さいしんうんばく 采蕭穫菽さいしょうかくしゅく

心之憂矣しんしゆういー 自詒伊戚じたいいせき

念彼共人ねんがきょうじん 興言出宿こうげんしゅつしゅく

豈不懷歸がいふかいき 畏此反覆いしはんぷく

 出立は、新年の暖かな日であった。

 いつになったら帰れるのであろうか、

 しかしなすべきことはひたすら増え、

 ついに歳も暮れなんとしている。

 カワラヨモギやマメを採取し、

 新年の祭りの準備をなす。

 心の憂い、自らまいたのであろうか。

 故郷の友人らとの思い出にふける。

 うまく寝付けず、外に出てはまた戻り、

 眠ろうと心がけるのだが。

 帰りたくないはずもないが、

 どのタイミングで不慮の事態が

 起こるとも限らぬことを思えば、

 どうして帰りたいなどと言えよう。


嗟爾君子さじくんし 無恆安處むこうあんしょ

靖共爾位せいきょうじい 正直是與しょうちょくぜよ

神之聽之しんしちょうし 式穀以女しょくこくじにょ

 ああ、君子らよ。

 そなたらの安寧が常なるものと

 思い込んではならぬ。

 今の地位を大事に守り、

 正しく過ごされよ。

 さすれば神がその様子をご覧になり、

 そなたらに幸福をお与えになろう。


嗟爾君子さじくんし 無恆安息むこうあんそく

靖共爾位せいきょうじい 好是正直こうせしょうちょく

神之聽之じんしちょうし 介爾景福かいじけいふく

 ああ、君子らよ。

 いつまでも安らかでおれると

 思い込んではならぬ。

 今の地位を大事に守り、

 正しさを好まれよ。

 さすれば神がその様子をご覧になり、

 幸福を大いなるものとなさるだろう。




○小雅 小明


何らかの役目を負わされ、遠き地に出向いているよう感ぜられる詩であるが、全体を読み進めると流刑に処せられたものの悲しみであるかのようにも思える。少なくともこれまでの変雅詩とは違い、自らの苦境について自詒伊戚と語り、そうならぬためにも靖恭でおられよ、というのであるから、あまり短絡的に幽王を持ち出さぬほうが良いのであろう。そういう次第であるから、詩序くんは「幽王によって乱れた王宮に仕えることを悔いる」などと抜かしてくるのをご勘弁願えるまいか。




■自業自得だバーカ


「自貽伊戚」句で「自業自得」的な意味合いで用いられておる。これも多い。大人気であるな。


・晋書37 評

『詩』云「自貽伊戚」,其勳之謂矣。

・晋書39 評

彭祖凶孽,自貽伊戚。

・魏書10 孝壮帝 元子攸

是而可忍,孰不可恕!並以伏辜,自貽伊戚。

・魏書21 評

北海義昧鶺鴒,奢淫自喪,雖禍由間言,亦自貽伊戚。

・魏書46 李訢

訢慨然曰:「吾不用璞言,自貽伊戚,萬悔於心,何嗟及矣!」遂見誅。

・魏書46 評

瑾以片言疑似,訢以夙故猜嫌,而嬰合門之戮,悲夫!宗之不全,自貽伊戚矣。



■恭しく政務に邁進


「靖恭」句で恭しく政務に邁進した、と言う慣用句になっておる。これも量が多いので一括で紹介。


・三國志13 鍾繇

厥相惟鍾,寔幹心膂。靖恭夙夜,匪遑安處。

・三國志42 郤正

蓋『易』著行止之戒,『詩』有靖恭之歎,乃神之聽之而道使之然也。

・晋書2 司馬昭

而靖恭夙夜,勞謙昧旦,雖尚父之左右文武,周公之勤勞王家,罔以加焉。

・晋書46 李重

其有履謙寒素靖恭求己者,應有以先之。

・晋書87 李暠

有白雀翔於靖恭堂,玄盛觀之大悅。

・魏書19.2 拓跋雲 子 元澄

但宜各守其職,思不出位,潔己以勵時,靖恭以致節。

・魏書52 劉昞

昞以三史文繁,著略記百三十篇、八十四卷,涼書十卷,敦煌實錄二十卷,方言三卷,靖恭堂銘一卷,注周易、韓子、人物志、黃石公三略,並行於世。




毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E5%8D%81%E4%B8%89#%E3%80%8A%E5%B0%8F%E6%98%8E%E3%80%8B

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