大東(引用12:搾取される民衆)

大東だいとう



有饛簋飧ゆうもうきさん 有捄棘匕ゆうきゅうきょくひ

周道如砥しゅうどうじょと 其直如矢きちょくじょし

君子所履くんししょり 小人所視しょうじんしょし

睠言顧之けんげんこし 潸焉出涕さんえんしゅってい

 椀にこんもりと盛られたご飯と、

 そこに置かれたスプーン。

 周王が設けた迎賓の宴は豪勢で、

 迎賓の為の道は研いだように滑らか、

 矢のようにまっすぐ伸びている。

 その道を君子が進み、

 民はそれを見て楽しんだ。

 あの時代を顧みてから現代を見れば、

 つい涙せずにはおれぬ。


小東大東しょうとうだいとう 杼柚其空じょじくきくう

糾糾葛屨きゅうきゅうかつり 可以履霜かじりそう

佻佻公子ちょうちょうこうし 行彼周行ぎょうかしゅうこう

既往既來きおうきらい 使我心疚しがしんきゅう

 東方の大国も小国も、

 献上物を出し尽くし、

 もはや糸巻き車にも糸はかからぬ。

 夏場向けのクズの靴でもって

 霜柱を踏まねばならぬ有様。

 貧困にあえぎながらも、公国の使者は

 周へ献上物を出す道を行く。

 その行き来にて、

 我が心は病み、衰える。


有冽氿泉ゆうれつきせん  無浸穫薪むしんかくしん

契契寤歎けいけいごたん 哀我憚人あいがたじん

薪是穫薪しんぜかくしん 尚可載也しょうかたいや

哀我憚人あいがたじん 亦可息也えきかそくや

 冷たい湧き水に、刈り入れた柴草を

 浸さぬようにしていただきたい。

 さすれば根腐れを起こそう。

 しかし周の振る舞いは、

 まさに柴草に冷水を浴びせるような

 ものではないのか。

 民はゼイゼイとあえぎ、寝起きする。

 ああ、哀れなる我が民よ。

 新しく刈り取った柴草は

 車にて運搬すべきであろうに。

 哀れなる我が民にも、

 休息のときは必要であろうに。 


東人之子とうじんしし 職勞不來しょくろうふらい

西人之子せいじんしし 粲粲衣服さんさんいふく

舟人之子せんじんしし 熊羆是裘ゆうひぜきゅう

私人之子しじんしし 百僚是試ひゃくりょうぜし

 東の国の子らは酷使され休めぬのに、

 西の国の子は

 きらびやかな衣服に身を包む。

 見れば船頭とてクマやヒグマの

 皮衣を着ているではないか。

 召使程度のものとて徒党を組み、

 私腹を肥やしているではないか。


或以其酒いくじきしゅ 不以其漿ふじきしょう

鞙鞙佩璲けんけんはいすい 不以其長ふじきちょう

維天有漢いてんゆうかん 監亦有光かんえきゆうこう

跂彼織女きかしょくにょ 終日七襄しゅうじつしちじょう

 西人は酒こそ飲むが、薄酒は飲まぬ。

 きらびやかな玉飾りを腰に帯びる。

 そのような長いもの、

 東人は持てもせぬのに。

 天にかかる天の川を見ても、

 それはただ光るのみ。

 天で輝く織女星が、七たび機を織る。


雖則七襄すいそくしちじょう 不成報章ふせいほうしょう

睆彼牽牛かんかけんぎゅう 不以服箱ふじふくそう

東有啟明とうゆうけいめい 西有長庚せいゆうちょうこう

有捄天畢ゆうきゅうてんひつ 載施之行たいししぎょう

 織女星がいくら働いたところで、

 地上に絹織物がもたらされようか。

 あの牽牛星とて、天にて編まれた織物を

 この地上にまで運んでくれようか。

 東のかたに明けの明星が輝き、

 西のかたに宵の明星が輝く。

 兎取り網のような星座もあるが、

 その星座が実際に、

 兎を捕まえてくれるのか。


維南有箕いなんゆうき 不可以簸揚ふかじはよう

維北有斗いほくゆうと 不可以挹酒漿ふかじはしゅしょう

維南有箕いなんゆうき 載翕其舌たいきゅうきぜつ

維北有斗いほくゆうと 西柄之揭せいへいしけい

 南に米を選り分ける箕の星座があるが、

 その星座が選り分けてくれるのか。

 北にはひしゃくの星があるが、

 酒や薄酒を汲んでくれるのか。

 箕の星はただあらゆるものを

 飲み込まんとしているかのよう、

 ひしゃく星は高く西側に挙がり、

 東からあらゆる富を

 奪わんとするかの如くではないか。




○小雅 大東


箕の星座、いわゆる箕宿はいて座に相当する。太陽暦で言えば八月頃に南中する。そしてこの時ひしゃくの星、すなわち北斗七星は北西の空にあって、東にひしゃくの口を向けておる。となればこの詩は真夏、間もなく収穫のときを迎えんかとする頃に歌われたことがうかがわれる。「どんなに収穫がうまくいっても洛陽のやつらが全部持ってくんですしょう?」と言わんばかりである。一応「天に輝く星」と時の朝廷を高くまつりあげておるわけだが、しかして「遠い彼方のあいつら」は決して詩人らの生活を憐れもうとはせぬ。むしろ自らは贅の限りを尽くしたうえで、詩人らの住まう国を搾取するのである。以上の状況を拾わば「まーた幽王批判か」と身構えたのだが、この詩に限り「いや幽王批判じゃないでしょ」と詩序はちゃぶ台を返してくる。どういうことなのだ。




■兄上しゅごい


三國志2 曹丕 裴注

其剛如金,其貞如瓊,如氷之絜,如砥之平。


曹丕が死んだときに曹植が送った追悼文の一節である。強さは金のごとく、貞節なるは宝玉のごとく(笑)、氷の如き清さ(笑)、砥石の平らかなるが如し(笑)……失礼、死者を思う追悼者の言葉を笑うものではないな。




■孫皓様マジ勘弁


三國志65 賀邵

百姓罹杼軸之困,黎民罷無已之求,


孫呉末期に仕えた官僚である。孫晧の苛政があまりにひどいのを見かね、長々とした上奏文で諫めた。その一節である。「民はすっからかんになるまで追い込まれ」、止むことを知らぬ苛斂誅求に疲れ果てております、と訴えたのである。この諫言にムカついた孫晧は彼を殺害した。世説新語によると「焼けた鋸でひき殺した」そうである。むごい。




■杼軸雲、乱の兆し


晋書12 天文中

杼軸雲類軸,搏,兩端兌。


中国の雲の分類に杼雲、軸雲というものがある。これらは細い糸状の雲のようで、戦乱が起こる兆しとされておる。恐らく当詩とは別口のラインからの命名なのであろうが、微妙に意味合いが似ているので同じラインからの命名でもあるのやもしれぬ。五分五分、と言ったところであろうか。




■漢の時代の貨幣論議にて


晋書26 食貨志

竊以比年已來,良苗盡於蝗螟之口,杼柚空於公私之求。


経済論の中で漢桓帝が貨幣の原価を落とそうかと考えた時、劉陶と言う人物が反対しておる。その時の反対理由の中で語られておる。ここ最近の蝗害で種もみすら食い荒らされた挙句「公私に渡る徴税で民の資産は底をついた」と語る。




■羊祜の功績


晋書34 評

垂大信於南服、傾吳人於漢渚、江衢如砥、


羊祜がその信義ある振る舞いによって漢水エリアの呉人を帰順させたことにより、長江への道のりが「砥のように平らか」となった、と讃えるのである。




■八王の乱どころじゃねーだろおい


晋書61 劉喬

邊陲無備豫之儲,中華有杼軸之困,而股肱之臣不惟國體,


八王の乱真っただ中で朝廷にあった人物で、大いに八王の乱にも関わっている。とはいえ彼の上奏文に目を通すと、辺境に蓄えがまるでなく、「国中の資源がすっからかんであり」、だというのに陛下の側近たちが国をないがしろにして争ってますよどーすんですか、と語っておる。その上奏を重んじたか、恵帝はかれを朝廷の高官につけた。間もなく死亡。永嘉の乱を見ることがなかったのは、せめてもの僥倖であろう。




■謝石は何つーか、ダメでしょ


晋書91 范弘之

坐擁大眾,侵食百姓,『大東』流於遠近,怨毒結於眾心,不可謂愛人;


淝水の戦いにおいて東晋軍を率いた将のひとり謝石が死亡。その諡を考えましょうねと言う席の中における謝石評である。確かに軍功はでかいよね、けどお国にあって自分ちの荘園に人をたくさん抱え込んで百姓の食い扶持圧迫したよね、おかげで彼について「大東」の詩で謗った奴がたくさんいたよ、この人全然民を愛したとは言えないよね、と盛大にぶった切る。ちなみに提案した諡は「襄墨公」。功績を讃える「襄」字に貪欲さで官途を汚した「墨」字を組み合わせるという、まぁ贔屓目に見てもひどい諡である。




■晋の文人と言えば陸機と潘岳


晋書92 文苑序

及金行纂極,文雅斯盛,張載擅銘山之美,陸機挺焚研之奇,潘夏連輝,頡頏名輩,並綜采繁縟,杼軸清英,


晋書92は文人たちの事績を載せるわけであるが、その中でも陸機と潘岳の紡ぐ言葉は実に輝かしく、それはまるで「糸巻き車にきらびやかな糸が巻かれていた」かのよう、と語るのである。なので彼らについてはここではなく、別に伝を立てましたよ、と記されておる。どちらもだいぶ終わりがよろしくない気はするが。




■桓玄の施政はクソ


宋書1 武帝上

父子乖離,室家分散,豈唯大東有杼軸之悲,摽梅有傾筐之塈而已哉。


劉裕が桓玄打倒に決起した時の檄文の一節である。桓玄の振る舞いによって、今や父と子は引き裂かれ、家族は離散させられた。こんな悲劇は当詩における杼軸の悲、摽有梅における傾筐の塈と言った比喩で済ましてよいのか? と訴えるわけである。




■荊州今ヤベーっしょ


宋書2 武帝中

此州積弊,事故相仍,民疲田蕪,杼軸空匱。


劉裕が晋国内最後の対抗勢力司馬休之を江陵に討ったあと、荊州の情勢を語る。これまで数多くの戦乱がおきて(うち少なくとも二つは劉裕が引き起こしたものであるが)疲弊しきっており、民は疲れ田は荒れ「糸巻き車は空となっている」ので、復旧を急務とすべき、と語るのである。檄文で「杼軸」語を用いたことを伏線に利かせている印象があり、こういうこしゃまっくれた真似はまず間違いなく傅亮の筆であろう。




■僕「志」をめっちゃ頑張ったけど


宋書11 志序

每含毫握簡,杼軸忘飡,終亦不足與班、左並馳,董、南齊轡。


志序における最終段落の記述である。わたくし沈約、先人の筆を受けてその遺漏を頑張って埋めたよ、「寝食も忘れて編み上げた」よ、けどまだ不足もあるかもしれないよ、ごめんね、と語られている……よう、である。




■民は苦しんでる


魏書110 食貨志

至今徒成杼軸之勞,不免飢寒之苦,良由分截布帛,壅塞錢貨。


貨幣論議における一節。民が非常に苦しんでいる状態であるから貨幣を作り変えてその問題を解決しよう、と言う提案が交わされておる。「杼軸の労」と言う表現だけで民が苦しみにあえいでいる、と固着しうるだけこの語が浸透していたのがうかがわれれよう。




毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E5%8D%81%E4%B8%89#%E3%80%8A%E5%A4%A7%E6%9D%B1%E3%80%8B

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