正月(引用5:乱政への怒り)
年が明け、春が来たというに、
霜降りが厳しい。
我が心も憂鬱に満ちる。
民の心無い言葉も、ますますひどい。
平和を望むのは、私一人なのか。
憂いはますます募る。
悲しいかな、小心な私は、
やがて病を得てしまった。
父母より授かったこの身、
なぜ、こうも傷つけねばならぬ。
しかも昔でも、未来でもなく、今。
良い噂も、悪い噂も耳にする。
いずれにせよ、憂鬱は募るのだ。
私は侮られているのだから。
この憂鬱を転がすうちに、思う。
ああ、なんと私には運がない。
罪なきものとて奴隷に貶められる。
ああ、悲しきことよ。
彼らはどこで幸せになれるのか。
カラスが枝に留まっている。
次は誰の家にとまるのか。
林の中で薪を取り、燃やすものがある。
誰に対して祈っているのか。
今まさに民が苦しみ、
茫漠とした天は救いも差し伸べぬのに。
一度天命が定まれば、
救われぬものはおらぬのではなかったか。
天にいます上帝よ、
あなた様は、誰を恨んでおられるのだ。
山ではないものを山と偽り、
しかもそれが低いだなどと批判する。
ただの丘でしかないというのに。
この箸にもかからぬ放言たちを、
どうして放置しているのか。
古老を召喚し、夢の内容を占わせる。
占いたちは私を聖人だとほめやそすが、
こ奴らの誰もがカラスの雌雄も
見分けられまい。
そのような者たちの占断に、
なにほどの意味があるのか。
天が高いと言われながらも、
なぜ身を屈めておらねばならぬ。
大地がどっしりしていると言われるのに、
なぜ抜き足差し足で歩かねばならぬ。
こうして私が叫びをあげているのにも、
意味も、道理もあることなのだ。
だのに、悲しきことよ。
今の人たちは、トカゲのごとく、
あなぐらでひっそり、
息を殺しておらねばならぬ。
荒れた田に、一本の苗木がそそり立つ。
まるで私のようではないか。
天は私を押しつぶさんとする。
敗北することを恐れるかのように。
王が私を求めた時には、
賢人を失うまいと礼を尽くしてきた。
しかしいざ採用されてみれば、
その扱いは囚人や仇も同然。
私には何の権力ももたらされなかった。
この危地にあり、憂いは
凝り固まった結び目のよう。
どうしてここまでの悪政がはびこるのだ。
一度広がった野火を消し止めるのが
たやすからぬことを思い出す。
ああ、そうか、偉大なる周も、
褒姒によって滅ぼされるのであるな。
我が憂いはいつ果てるともなく続く。
国運はいまや、陰雨にさらされるが如し。
車に乗せた荷物も、
ぬかるみに車輪を取られ、
ついには捨てざるを得なくなろう。
このような事態に陥り、
ようやく王は大臣に命じ、
私に援助を求めさせようとするのだろう。
荷物を捨てさせるわけにはゆかぬ。
車のメンテナンスと増築をなし、
また御者をよく思いやるようにせよ。
そうすれば、手放す必要もない。
さすれば険しい道も越えられよう。
そして苦難も過去となるのだ。
魚が浅い沼の中にいたとしても、
楽しみ、憩うことはあるまい。
たとえ深くに沈み込もうとしても、
すぐに見つかり、釣られてしまう。
ああ、なんと悲しきこと。
このお国は、どこまで無体をなすのか。
あの場所には旨い酒が、食べ物がある。
隣人を、姻戚を招き、盛り上がっている。
その場に、私はいない。
憂悶は盛んとなる。
あの小者たちには立派な家屋と、
豊かな食べ物がある。
しかし哀れな民たちには行き届かない。
天もまた彼らを損ない、苛む。
富める者らよ、めでたきこと。
少しは苦しむ者を見たらどうだ。
○小雅 正月
政務を見事に採ることのできる実力者が、実力者なればこそ当時の政権よりハブにされ、その結果国がどんどんと荒れていくのを見届ける……と言う詩に見える。詩序では途中に周の幽王を惑わした褒姒の名が見えることから、幽王の時代の作に比定しようとするが、特にそこに拘りすぎる必要もあるまい。いずれにせよ周の東遷以後の詩となるので、詩経の中では間違いなく新しい世代には属しよう。ところでこの詩を読んでいて思うことをぶっちゃけさせていただくと、「お前らみたいなクソザコに国を任せりゃそりゃ国は乱れるわ! だから俺に任せとけって言ったんだ!」と言う内容以外になく、この崔浩、非常に親近感を覚える次第である。もっとも、その方向性を押し通そうとすると各方面から不興を買った末に殺されるがな! そう我のように!
■抵抗馬鹿馬鹿しいしやめーや
三國志45 廖化 裴注
智不出敵,而力少於寇,用之無厭,何以能立?詩云‘不自我先,不自我後’,今日之事也。
蜀末期、姜維が魏に対抗しようとしていた時に、廖化が当詩句を引用し、諫めている。もはや知も武力も敵にかなわぬのに、それでなお対抗しようというのでは、手柄など上げようがあるまい、「我が時代より前でなく、我が時代より後ではない」と嘆く詩があるのはそういうことだ、と語ったのである。
■クソ司馬越を抑えられなかった
晋書60 繆播
帝歎曰:「奸臣賊子無世無之,不自我先,不自我後,哀哉!」起執播等手,涕泗歔欷,不能自禁。
繆播は八王の乱末期、懐帝司馬熾に仕えた人物。司馬越が権勢をふるったことを懐帝が憎み対立したところ、司馬越は繆播をはじめとした懐帝系臣下を捕らえた。この事態に懐帝が繆播の手を取り、奸臣のおらぬ世は「いまではない」のだな、と嘆き悲しんだ。その後繆播は司馬越により殺されている。
■外戚がクソすると国はぽしゃる
晋書93 外戚伝序
『詩』云:「赫赫宗周,褒姒滅之。」其此之謂也。
晋書外戚伝はその序文で、武帝司馬炎の舅として権勢をふるった楊駿や恵帝司馬衷の姻戚として権勢をふるった賈充の娘を引き合いに出し、こいつらのせいで西晋はぐずぐずになったんだ、こいつはまさに当詩で歌う「周が褒姒に滅ぼされた」と同じ現象だろ、とする。いや、楊駿はやや違わぬか……?
■文帝の息子たちに襲う悲劇
宋書72 文九王
史臣曰:詩云:「不自我先,不自我後。」古人畏亂世也。
文帝の息子たちはみな政変に翻弄され、不幸な目にばかり遭っておる。そのため選者の沈約は評にて当詩を引き、「なぜ彼らはこのような時代に生まれてしまったのか」と同情的に語るのである。
■クソ蛮族に我が国は
魏書11 出帝 元脩
而上天降禍,運踵多難,禮樂崩淪,憲章漂沒。赫赫宗周,翦為戎寇。
元脩は魏書に載る、最後の皇帝。もともとは皇族として世をどうこうするつもりもなく、田舎に引き籠っておりたかったのを、高歓に引きずり出され、皇位につけられた。そんな彼の即位時の詔勅の一節である。この当時の北魏は一度爾朱栄によってぐちゃぐちゃにされており、元脩に与えられる統治名目としては「そんな国を立て直す」となる。「偉大なる周の国とて犬戎にズタボロにされたが、ここからだよ!」的意気込みを「書かされた」感があって、とても闇でよい。ちなみに北魏から出奔、宇文泰のもとに逃げ込み、宇文泰に毒殺された。
毛詩正義
https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E5%8D%81%E4%BA%8C#%E3%80%8A%E6%AD%A3%E6%9C%88%E3%80%8B
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