◎崔浩コラム④ 詩句引用②
ごきげんよう、崔浩である。
前コラムに引き続き、
詩経引用クソ仕種を紹介いたす。
前回、引用を二種類紹介した。
詩の題を語ることで引用の代わりにする、
詩の本文そのものを引用する、である。
ここでは後者、本文引用を語る。
文字通り、詩句を断り無しで
本文に入れるやり口である。
原則として、
日本語でやる意味は、まるでない。
日本語作品で引用したところで、
たちどころに異物感が生じよう。
漢文テキストのように、
「しれっと入れる」が叶わぬのである。
そう、キーワードは「しれっと」である。
いつの時代もオタクは
ミーム、隠語を好むものである。
無論暗喩として文脈理解を助ける、
斯様な属性も付与されることがあろう。
だが、違う。
違うのだ。
ストレートに言おう。
マウンティングである。
「俺は界隈のミームに
お前より通じてんだぜ。
えっ、この程度のミームも
把握できてないの? 常識でしょ?
ダッセぇーwww」
これである。
性格の悪い著述者は、
引用句と理解できるか、できぬかで、
全く意味合いの変わる文章を
ねじ込んでくることがある。
「えっえっっ?
字句を素直に取っちゃった?
かーわいーーーいwww
なになに? 俺の息子と一緒に
勉強しちゃう?
って教えてやんねーけどwww」
である。
性格悪いな。
まぁ作者なのだがな。
このような所作は、ネットミームが
それの通用する界隈から切り離され、
字句のみを拾われることで誤読を招き、
笑いものにされる、といった事態が
まま発生するとおり、
人間の原罪の一つと言ってよかろう。
そして、詩経について。
ここで前口上の言葉を再掲する。
孔先生チョイス。
儒教的にとてもおありがたい。
つまり、凶悪に広い界隈のミームである。
教化システムそのものが
マウントの材料を用意するとか、
どんな地獄だ。
まあアブラハムの子らが掲げる
旧約聖書を始めとした経典でも
やはり引用マウントは発生しておる。
まったく、原罪、原罪であるな。
ともあれ、これがどう機能しておるか。
それを紹介いたそう。世説新語である。
鄭玄家奴婢皆讀書。
嘗使一婢,不稱旨,將撻之。
方自陳說,玄怒,使人曳箸泥中。
須臾,復有一婢來,
問曰:「胡為乎泥中?」
答曰:「薄言往愬,逢彼之怒。」
(世説新語 文学2)
先にこのツイート、いや違った、
この条の要旨を申し上げる。
「当を得ない引用が面白みをもたらす」
という性格のアレである。
学者、鄭玄の家は、
奴隷も読み書きができる。
そんな女奴隷の一人がポカをし、
鄭玄に怒られた。
そこで彼女がさらに言い訳をするので、
鄭玄は彼女を泥沼にぶち込んだ。
それを見た別の女奴隷が、
詩経の引用で事態を尋ねると、
彼女もまた詩経の引用で返した。
そのような次第の内容である。
ここで出てくる鄭玄は、後漢後期のひと。
毛詩正義にて偉大なる注釈者としての
存在感を示しておる。
そんな大学者の家にいる奴隷たちは、
やはり詩経をも嗜んでいた。
「しかしその理解がひどい」と、
笑うわけである。
先の奴隷は言う。胡為乎泥中。
「式微」中にては、主君のために
クソな環境に身を落とすことを
比喩しておる。
案外引用としては悪くない。
「望まぬ泥濘を、なぜ浴びるのか?」
という問いそのものだからである。
問題は、後者である。
薄言往愬,逢彼之怒。
「柏舟」にあるこの語句の含意は
「かれに悩みを打ち明けようとしても
怒られてしまうのが落ちなのだろうな」
という、諦観。
つまり引用としては、
「追い詰められたものの嘆き」
が、正しきお作法である。
お作法に沿っておらぬということは、
つまり、ミームを使いこなせていない。
この点について、井波律子氏は、
「こういう浅はかな引用が笑いを誘う」
と、解説なさっておる。
が、引用を読み返そう。
本文ではないから、訓読も付す。
薄言往愬,逢彼之怒。
彼の怒りに逢う。
つまり、字句が示すのは、
ちょうど彼女の環境なのである。
ともなれば彼女は含意を踏まえつつ、
あえてそれを無視した、とも考えうる。
そこには、詩経を暗唱し、
かつ縦横無尽に遊べる教養をも
伺うことがかなおう。
ミームを踏まえるのも楽しく、
ミームを無視するのも楽しい。
しかしそのいずれもが、
ミームを把握することによって
初めて成立する。
そして、ミームを把握せぬものは
置いてけぼりを食らう。
ただそのやり取りを聞き、
ポカーンとするのみである。
では、ここをどう解消しようか?
読め。把握しろ。慈悲はない。
――と言ってしまってもよいのだがな。
幸運なことに、詩経は全句が WEB にある。
つまり、怪しければググれ。
ただし検索結果に繁体中国語を混ぜて。
と、なろうか。
改めて申し上げよう。
漢文と遊ぶに際し、
ミーム、隠語を把握すれば、その分だけ
認識、遊びの幅が広がってゆく。
それはもう、どこまでも際限がない。
いやはや、クソであるな!
それが楽しい変態さん向けである、と
申し上げるよりほかあるまい!
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