第20話 ゴブリンの生態

 そこまで言って、僧侶姿の女性はセレーネの薬草を詰めたバッグに目を止める。


「皆さん薬草採取していたんですか? それじゃギルド等級は?」


「鉄等級です。昨日傭兵ギルドとして登録して初のクエスト中です」


 アラタが告げると、彼女たちは明らかに絶望の表情を見せ俯いてしまった。その時、息も絶え絶えで脂汗をかいている男性が、顔を上げた。


「逃げろ! ルーキーたちでどうにかなる相手じゃない。ギルドランクが銀等級の俺たちでも歯が立たなかった。このままではなぶり殺しにされる。……俺たちが食い止めるからお前たちは逃げるんだ!」


「それは無理ですね」


 男性が余力を振り絞って言ったであろう言葉を、アンジェがあっさり否定した。男性二人の怪我の状態を確認し、眉をひそめている。


「こちらの男性は二人とも毒を受けているようです。傷口から考えると毒矢を受けたのではありませんか?」


 憔悴している男性二人は、それぞれ太腿と上腕に何かが刺さった痕があり、そこから血液がとめどなく流れている。


「は、はい、そうです。戦っている時に、ゴブリンの矢が当たって。でもおかしいんです! 治癒術をかけても解毒術をかけても治らなくて!」


「それは当然です。お二人には毒以外にも呪いがかけられています。それが治癒術や解毒術を阻害しているのでしょう」


「え……呪い? そんな高等魔術がどうして……?」


 訳が分からないという表情でぽかんとする僧侶の女性。魔術師姿の女性も納得できない様子だ。


「呪いのような魔術は闇属性高位にあたる魔術だ。そんなものをゴブリンやオークが使えるわけがない」


「いや、使えるよ」


 アラタが会話に加わる。視線だけは彼らが姿を現した方角に向けて、接近してくる〝敵〟の動きに注意をしている。


「闇魔術に長けた存在である〝ゴブリンキング〟ならそれが可能だ。多分、ゴブリンの毒矢に予め呪いの術式を付与していたんだろう。それで、さっきアンジェが言ったように治癒術や解毒術の効果を弱めたり無力化することが可能になる。そうすることで相手の動揺を誘って一気に潰す……ゴブリンキングがよくやる手口だ」


「ゴブリンキングなんて滅多に姿を現せないのに、どうしてそんなことを知っているの!?」


「そりゃあ、何度も戦ったことがあるから知ってるんだよ。経験談ってやつ」


(もっとも、それは千年前の話なんだけども)


「アラタ様、こちらの男性二人は早く治療を開始しなければ危険な状態です。毒はもとより呪いの効果でかなり衰弱しています」


「分かった。二人はアンジェに任せる。俺たちは敵を迎え撃つ。そろそろ姿を見せるから注意しろ! それと敵戦力についてだけど――」


 アラタが言いかけるとセスが頷いたので、参謀である彼に説明を任せる。


「今回の戦闘で最も注意しなければならないのは、赤帽子のゴブリン――レッドキャップだ。ヤツらはとても素早く、中には高速移動術である〝瞬影〟を使う個体もいる。レッドキャップが姿を現したら最優先で倒せ。それと、これは言わなくても皆承知していることと思うが、ゴブリンは劣勢になると命乞いをする。ご丁寧に我々の言語を使ってな。だが、そこで情にほだされて隙を見せれば、ヤツらは確実にそこを狙ってくる。ゴブリンは執着の強い魔物だ。自らに屈辱を味合わせた相手は終生忘れずに復讐の機会を狙ってくる。一匹残らずその場で確実に倒すことが重要になる。以上だ!」


 セスが全員に戦闘指示を出した直後、木々の間から一匹、また一匹と全身土色で人間の子供ほどの身長の魔物――ゴブリンが姿を現した。

 視界を埋めるように次々と木々から出てくるゴブリンたちは一様にニタニタと笑みを浮かべている。


「オトコ……コロス、オンナ……イケドリ……じゅるり」

 

 ゴブリンの集団は攻撃目標の中に女性がいることに気が付くと涎を垂らし、舌なめずりをし始めた。


 ゴブリンは人間の言語を少しではあるが使うことが出来る。言語を覚えた目的は、別に人間と意思疎通をして良好な関係を築こうというものではない。

 まず彼らが覚えるのは、「助けてくれ」という言葉だ。ゴブリンの強さは人間の成人男性と大差はなく、ローブを纏った魔闘士からすれば脅威になる相手ではない。

 

 そのため、ゴブリンは命を取られそうになると、必死の形相で人語を話しながら命乞いをするのだ。

 そうして同情を誘い、相手が油断したところを反撃し殺害を試みる。これこそゴブリンが生き抜くために身に付けた常套じょうとう手段だ。

 他に使うのは人間を挑発したり恐怖を与えるための侮蔑的な言葉だ。相対する人間の感情を揺さぶるためだけに彼らは人語を最低限覚えるのである。


 ちなみにゴブリンは雄しかいない。子孫を作るためには人間の女性をさらい、子供を孕ませる。

 連中は村を襲撃したり自分たちを討伐しに来た傭兵ギルドを返り討ちにしたりして、人間の男性は徹底的になぶり殺し、女性は生け捕りにして子孫繁栄の母体にする。

 これがゴブリンという魔物がこの世界に誕生した時から行ってきた生態である。


 その亜種として、体長が人間の成人男性ほどのホブゴブリンや、動きが素早く残忍なレッドキャップというものがある。

 そして、ゴブリンという種の頂点としてゴブリンキングがいる。ゴブリンキングは長年生き続けたゴブリンが進化したものであるとされ、人語を正確に理解し操り、闇属性魔術をも使いこなすことが出来る。

 一般的にはゴブリンキングが一匹いれば、その下に千匹のゴブリンがいるとされている。

 そのため、ギルド協会ではゴブリンキングが発見された場合やその存在がほのめかされる場合は最優先で討伐依頼が発生する。

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