第224話 かつての僕の物語③

 ――――数年後、神魔戦争終盤。


「へへへっ、どじっちゃったか……な?」


「喋るなっ! アルバ! 傷が開くだろ!」


「グ……ラン、早く行かなきゃ……だめだよ。皆が頑張って、僕達を……ここ……まで、送り出してくれた……んだから。ベルゼルファーが、前線に出てきてる……今しか倒すチャンス……ないんだよ? これを逃したら、奴は完全体に……なっちゃう。ほら……ソラスもグランに言って……よ」


 傷だらけの黒竜が、同じ黒色の剣に語りかける。漆黒の魔剣――グランソラスは震える声で主であるグランを叱責する。


「何をしている! 行くぞ……グラン! この場にとどまっていても、我々にはどうすることもできん!」


「このまま、アルバをこんな所に置いて行けってのか!? 俺の……俺達の相棒だぞ!!」


「だからだ!! その相棒が、残り少ない命で必死に言っているのだぞ! 『ベルゼルファーを討て』と! お前はアルバトロスを無駄死にさせる気か!!」


 言い争いをする相棒達を見て、アルバは最後の力を振り絞って声を出した。


「グラン、覚えてる? 竜……は、死ぬ……とき、その姿を……誰……にも見せ……ずに逝く……だよ? だか……ら、2人がいつまでも……ここ……いたら……僕……安心して……逝け……ないよ……だからさ……」


 グランの目からとめどなく涙が溢れ、アルバの頬に落ちる。グランソラスは剣であるため一見その感情は分からなかったが、核である赤い魔石は潤むような光を放っている。

 

「が……んばってね、グ……ラン、ソラ……ス」


「分かった……後は俺達がやる……だから安心しろアルバ」


「アルバ……さらばだ!」


 グランは手にグランソラスを携え、最後の決戦場へと赴く。アルバはかすむ視界の中、彼の背中を見えなくなるまで、いつまでも見送っていた。


(グラン、君と出会ってからは毎日がお祭りみたいで楽しかった。最初は僕達2人だけの旅だったけど、少しずつ仲間が増えていって、すごく賑やかで……ああ、そう言えばソラスは最後の最後で僕を〝アルバ〟って呼んでくれた。……本当に堅物なんだから…………セレーネ姉さん、ルシール姉さん……ごめ……ね……)


 魔王グランの相棒として、彼の旅を最初から最後まで共に駆け抜けた黒竜アルバトロスは、竜としては余りにも短い一生を終えた。

 神魔戦争直後、生き残った魔王軍のメンバーがこの場に訪れた時、彼の亡骸なきがらは既に消えていたという。

 そして、魔王グランは仲間達に導かれベルゼルファー顕現体との一騎打ちに臨む。その戦いは相打ちとなり、ベルゼルファーによってグランの魂に魔力を封じる呪いがかけられてしまう。

 全ての力を使い果たし戦場に横たわるグランの元へ、1人の老兵が満身創痍の身体を引きずって歩み寄った。


「魔王様、お見事でした。ベルゼルファーは滅びましたぞ」


「バル……ザス……か? へへ……どうやら奴は不死身らしい。1000年後に再び蘇って、また今回のような戦いをするつもりだ」


「なんです……と!? それでは我々は一体何のために……このような犠牲を払ってまで!」


 バルザスは戦場に倒れている多くの仲間達の亡骸を見ながら悔し涙を流していた。だが、そんな彼の手にグランは自らの手を添える。


「この戦いは無駄じゃない。実際、1000年間ベルゼルファーの干渉はなくなるんだ。問題はその後だが……タイミングよく、その時代に生まれ変わる……なんて……できるのかな? 死ん……だら……試してみる……よ。バルザス……皆はこれから訪れる……平和な時代を……精一杯……生きてくれ。特に……お前は……生まれてから……戦いばかり……だったんだから……さ。旅とか……楽しいぞ……俺は楽しかったよ……アル……バと……一緒にコロシアム……飛び出したのが……昨日の事……みたいだ……そうだよ……な……アル……バ」


 相棒である黒竜の名を呟き、グランは息を引き取った。魔王グラン、享年21歳。後にソルシエルにおける最も有名な魔王として名を響かせるが、彼が実際どのような人間であったのかを正確に記した文献は少ない。

 そして、死後に彼がどのような状況になったのかを知る者は余りにも少ない。

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