第177話 アサシンは闇に紛れて①

「分かりました魔王様。ですが御身が危険だと判断した時、我々はあなたの安全確保を優先します。それでよろしいですね」


「分かった、それで頼むよ。そうならないようにやり切って見せる! アンジェもそれで頼む」


「かしこまりました」


 2人は魔王の言動に驚きつつも、その決意や成長を内心では喜んでいた。それから戦いへの心構えを改めるアラタを先頭にして、3人は敵の気配がなくなった貧民街を見て回る。


「この辺りには敵はもういないようですね。アラタ様、トリーシャ達のいる中央区域に私達も向かいませんか? あそこは敵が集中するでしょうし、十司祭が現れる可能性も高いです」


「そうだな、この辺りの人達は皆逃げる事ができたみたいだし、この場に留まる必要性はないかもな。セスはどう思う?」


「確かに――」


 セスが言いかけた時だった。貧民街の通りを駆ける3人の視界に道端で倒れている人の姿があった。

 彼らがその人物に近づき声をかけたが、その男性は既に絶命していた。


「この辺りにもアンデッドがいるのか?」


 アラタが周囲に目を配らせるも敵の気配はない。その間、死体を確認するセスは神妙な面持ちをしていた。


「魔王様、アンジェ、この方の傷口を見てください」


 セスが促すままに2人が見てみると、遺体の喉元に何か鋭利なもので斬られた跡が確認できる。


「これって……!」


「お気づきになられましたか? これはアンデッドの仕業ではありません。奴らはこのように急所に一太刀を入れて殺害するような手口は取りません。これは、恐らくもっと別の――それも暗殺業に長けた者の犯行です」


「アンデッドじゃないのなら十司祭がやったのかな?」


「それは分かりかねますが、要注意ですね。本能のまま行動するアンデッドとは異なり、論理的思考を持った敵は戦術を展開してきますから」


「! アラタ様、セス、あれを」


 アンジェが指示した先に視線を送ると、広場に何十人もの人々が横たわっているのが確認できる。

 アラタが近づこうとすると、アンジェが制止した。


「お待ちください、この状況はあまりにも不自然です。罠の可能性が高いと思われます」


「でも、あのままにしてはおけないだろう? 安否を確認しないと」


「でしたら、私にお任せください魔王様。私に考えがあります」


 セスが作戦を2人に説明すると、アラタとアンジェは頷きそれを実行に移すべく行動を開始した。

 アラタとアンジェが広場へと慎重に歩みを進めて行く。周囲の明かりは既に消え失せ暗闇が広がっており、空に輝く満月のみが光源となり周囲を優しく照らす。

 その僅かな光に反射する何かが広場周辺の建物にあるのが一瞬見えた。セスはその場所を含めた、広場周囲の上空に複数のファイアーボールを放つ。


「……よし、ここだ! 爆ぜろ!」


 セスが各々の火球に指示を出すと、全てのファイアーボールはその場で爆発し街灯のように周囲を明るく照らし出す。

 それにより、闇に紛れていた者達の姿が露わになった。数にして約20名、黒装束に身を包んだ者達は自らの姿が敵に発見されても、特に慌てる様子もなく音を立てずに素早くその場から離れた。

 その直後、彼らは逃げるのではなく自分達のテリトリー内に侵入した獲物――アラタ達に向かって来る。


「やはり来たか! 数では向こうが上なのだから当然と言えば当然か! 魔王様、アンジェ!!」


 敵が攻撃に転じるのは予想の範囲内だったとは言え、その動きから暗殺を生業とするアサシンと判断したセスは前衛の2人に警告を出す。

 セスと同様に、待ち伏せをしていた連中がプロの戦闘集団と認識したアラタとアンジェは、敵が動き出すのと同時に戦闘態勢を整え迎撃の構えをとった。

 ダガーを携え接近する黒装束の集団。顔には黒い仮面をつけており、表情はおろか性別すら分からない。ただ、その無音の動きから発せられる洗練された殺意だけは肌に感じ、アラタは鳥肌が立つのを実感した。

 先頭にいる2人がそれぞれアラタとアンジェにダガーで斬りつける。アラタはエトワールで新調した剣で、アンジェはヴォーパルソードで敵の攻撃を受け止めた。

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