黄昏の残光

昏い、昏い闇の中を歩いて行く。

たった一人、その闇を歩く。


かつては、仲間たちがいた。

共にあの地獄を変えようと、いつか私達が自由に生きられる世界にしようと、同じ未来を目指し戦った者達がいた。

その誰もがかけがえのない同士であり、大切な仲間だった。


だが戦火が一つ上がるたび仲間達は消え、最後に残った彼女も、私の前で消えてしまった。

私は、それを事実として受け入れられなかった。

彼女の死を現実とすることを拒否したのだ。


歪んだ願いは、歪な結果を生み出した。

私は、彼らの尊厳を踏みにじった。

死にもせず、生きもしない、亡者の軍勢レギオンとしてこの世に留めてしまった。

死よりも酷い道へと導いてしまったのだ。


狂いながらも理想の為と前へと進み続けた。

守ろうとした物さえも利用して、仲間達と共に新たな戦場を駆け抜けた。


だが結末はあまりにも呆気なかった。


エレウシスの秘儀に喰われ、私は死んだ。

理想を叶える事もできず、私が成したのは新たな地獄を生み出したことだけだった。


そして死をもって、ようやっと狂った理想の呪縛から私は解放された。


理想が正しくとも、その方法が間違っていれば結末がこのようになるのは分かりきっていた筈だった。少なくとも、まともになった今ならすぐに理解できた。

もうやり直す事はできない。

だからせめて私を倒した者たちが私と同じような道を辿らない事を、少女を正しき方法で救うことを願った。


だが私は、いや我々は再度あの世界へと呼び出された。

そして、我々は再度彼らに敗れた————


私は独り歩く。

幾度となく彼らの生命を蹂躙した私には彼らに合わせる顔も無い。

独り地獄へと向かおうと足を運んだ。


「遅いですよ、隊長」


それでも、彼らは私を待っていたのだ。



「お前が早いんだニベル。射撃後に油断するなど言っただろう」

「すんませんって隊長。っても、惜しかったですねぇ」

「あそこまで戦えたのもお前のお陰だ。よくあの少年に一発与えた物だ」

「すみません隊長……私がもう少し活躍できれば……」

「そう卑下するなシャルミ。君の地形操作のおかげで私達は万全を期して戦えた。カトレアも良くやってくれた。君があの獣に手傷を与えてくれたお陰で私も一矢報いる事ができたよ」

「ありがとうございます隊長。アタシ、最後までレギオンとして隊長や姐さんと戦えて良かったです」

「っと、俺たちは先に行ってます。隊長は姐さんとゆっくり来てくださいね」


笑顔で先を歩く彼ら。

そして残っていたのは、ナタリア・メルクーリその人だった。

「……君には、いや君たちには済まないことをした」

「いいえ隊長。私達は貴方の理想が正しいと信じたからこそ付いていったのです。」

「だが……」

「私は、私達は己の意思で貴方に賛同したのです。少女のため悪になるという事を。そして貴方の傍にあれた事を私は決して後悔していませんよ」


————私は、再度生を与えられた彼らに死を強いた。


エレウシスの秘儀を一度でも用いた私だから分かった。

命が空になったエレウシスの秘儀では、少女を生き返らせる事もままならないと。

彼らの目的が水泡に帰す可能性が大いにあると。ならば何が必要か、私には即座に理解できていた。


簡単な事だ。贄を捧げれば良い。

命を求めるならば命を捧げよ、それがあの儀式の求める物だ。

我々の意志は決まっていた。

せめて罪を償えるなら、少女の命を救う事ができるなら、二度目の生を捧げることに躊躇いなどなかったのだ。


だが、私だけにはもう一つの望みがあった。

それは彼らの生存。本当の生き返り。

こんな事を望めば少女は助からない。それでも、私にとって彼らは、ナタリアはかけがえのない同胞だったのだ。

彼らを、私は見捨てられなかったのだ。


そんな私の迷いに彼女は気づいていた。

『隊長、彼らに勝負を挑みましょう。少女を脅かす悪として』

『だがナタリア、君はわかっているのか……?』

『もし私達が負ければ少女は救われ、私達が勝てばあの子達は救われます。二つに一つの結末を選べ無いのなら、運命に委ねるのも一つでしょう?』

『……なら悪になるのは私一人でいい。君は彼らと親しくなりすぎた。それにこの罪は————』

『たとえ死が分かつとも、貴方の傍にいると私は誓いました。私は最後まで貴方の傍にいます』

ナタリアは微笑んだ。

あの日のように、あの別れの日と同じように、優しく、儚げに。


『水臭いですよ隊長。俺も最後までお供します』

『アタシも姐さんと隊長に付いて行きますよ』

『私も、みんなと一緒に戦います。最後くらい抗いたいです……!!』

彼らも、私と共に歩いてくれると言ったのだ。

『……すまないみんな。ならば共にゆこう。この黄昏を、我らの終わりを』

そして我らレギオンは彼らに挑み、敗れたのだ。




こうして今、私は彼女と共に地獄への道を歩む。

「ナタリア、てっきり君はあちら側に行くと思っていたが」

「私はたとえ死が分かつとも貴方の傍にいると誓いました。それに、私自身彼らと戦いたいと思ってしまったのです」

彼女は一息ついて穏やかな表情でそのまま続けた。

「彼らは敵だった私を受け入れ、罪を重ねた私を許し、在り方というものを示してくれました。人間、生きたいように生きるしかないんだって猫に諭されてしまったんですよ」

彼女は笑顔で語る。嬉々としてその思い出を。

「私はそんな彼らがどれだけの力を持つか試したかった。隊長の目指した世界を否定した彼らがどれだけの想いを抱いているか、戦いの中で知りたいと思ってしまったのです」

「君らしいな……。それで、どうだった?」

「とても、とても強かったです。信念や大義なんて立派なものは持たずとも、ただ少女の為と力を振るう彼らを止め切れませんでした。私にはそれが、とても嬉しかったのです」


「……私も同意だ」

あの戦いに想いを馳せる。

「彼らの全ての攻撃にそれぞれの意志が感じられた。光駆ける獣の一撃からは友を救いたいという想いが。飄々とした支部長からは決して譲らぬという決意が。あの血刃携えし女傑からは決して奪わせぬという信念が。そしてあの少年からは、必ず守るという覚悟が。私が目指したのは彼らのようなオーヴァードが虐げられる事のない世界だ。ならば私の願いは叶ったも同然だ……」

「隊長、嬉しそうですね」

気がつけば、私も笑顔を浮かべていた。

「ああ。彼らなら不条理を不平等が襲いかかろうとも打ち破るだろう。私のような間違った方法ではなく、正しく、優しい方法でな」

「ええ……彼らなら……」

「だが少し悔しいな。私は最後の最後まで本気で君たちを救おうとしていたからかな」

「次は勝ちましょう。私もあの猫ちゃんに私達の隊長が誰よりも強いという事を教えてあげなければなりませんからね」

私達は敗れた筈だった。

それでも心はとても穏やかで、晴れやかだった。


「行こうかナタリア」

「はい」

彼女の手を取り、また地獄へと足を踏み出す。

我らレギオンは黄昏の中へと消えて行く。有るべき場所へと還るのだ。

未練はあれど後悔はない。

だから我々は、ただこう願うのだ。


少女に、彼らのこの先に幸多からん、と。

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