第3話 現状
MM地区 中華街 付近
曇天の空の下、数多もの狂える使者で満たされたMM地区。誰もが絶望し、悲鳴と叫声に包ま
れ最早終末とも思えたこの状況下。
その中で、一つの光の粒が空に浮かぶ。
「アア、イノチダ……」
「イノチヲ……イノチヲクレ……」
暖かく優しい光。太陽が暗雲に遮られ、光など無いこの場所を照らす数少ない輝き。それは彼らが言うように命にも思えて、誰もがその光に魅せられ、惹きつけられていた。
同時にそれは好機。
「今だ!!走れ!!」
もはや亡者達は彼らに目も暮れず、ただひたすらに空浮かぶ小さな光に手を伸ばす。今、この時ならばこの包囲を抜けられる。
「もう転ぶなよ、光!!」
「ごめん、もう大丈夫……!!」
カケルと光も共に駆け出し、やっとの事で皆に追いつく。ナタリアも確かに真奈と光を己が間合いの中に捉えて、雨宮も周囲への警戒は決して怠らず。薮も少女に決して傷を増やす事なく背負ったまま。垂眼もマリアも禅斗も、消耗の色は見えても、瞳に映りし希望は薄れる事なく。眼前にはあの輝き、ではなく彼らに狙いを定めた最後の屍の群れ。
「ここが正念場だ」
「切り開くぞ」
「やったろうじゃねえか!!」
禅斗が手をかざして狙いを定め、マリアと垂眼が己が剣を構えた。
しかし彼らがその力を行使するよりも早く、屍の群れは明後日の方を向いた。
瞬間————
「うぉあ!?」
「今のは……!?」
一条の稲光。遠方から放たれた槍が如きそれは彼らが手を下すよりも早く亡者達を焼き払い。直後、空気が揺らめく。仄かに空気が熱を帯びたと思えば、空を切る重蹴が狂える死者たちを達を薙ぎ払いて。
「今だ……!!」
「うおりゃああああっ!!」
そして開かれた道を広げるように、異形の姿をした彼と、剣を手にした少女が彼らの眼前に現れた。
「支部長!!皆さん!!」
「無事で何よりです!!」
「千翼に聖ちゃん!!」
彼らの前に現れたのはMM地区支部の少年少女、千翼と聖。その僅か前方には未だ熱波を持ってしてその猛追を遮る、ヨハネ班の長、ジャンカルロ。
「生きてて何よりだ伊達男にマルコの隊長さんよ!!」
「そちらこそ健在で何よりだ」
そして遠方には雷槍のを構える少年、甘宮。
「甘宮くん!!」
「垂眼くんもみんなもまずは中華街に!!あそこなら安全だ!!」
言葉と同時、放たれた第二射はジャンカルロが抑えるそれらを薙ぎ払って。
「仕方ねえな。行くぞ!!」
カケルは彼らの間を縫うようにして地を蹴って。
「私たちも向かいましょう」
「ああ」
「さっさと行くに限るな!」
「老体には堪えるわい!!」
彼らもそれについていくように一気に駆け出した。
そして現れたるは中華街を象徴する巨大な門の一つ、善隣門。その内側と周囲にはバリケードが作られ人々と死者たちを隔て、隙間から漏れ出した光が人々の営みがその中で続く事を指し示す。
彼らは長きの道のりの果て、その門をくぐり抜ける。光に照らされた大門は彼らの到着を迎え入れているような、そうも思える程にその道筋は明るく、はっきりと照らされていた。
—————————————————————
横浜中華街
仲間たちの援護の甲斐もあり辿り着いた目的地、"横浜中華街"。昼間のような賑やかさは無けれど、確かに光が灯ったその場所。
中では逃げ込んできた人たちとUGNは愚か、FHの者たちも互いの傷を癒やし手を取り合う。この状況下であるからこそではあるのだが、やはり少し歪に見えなくもなくは無かった。
ようやく一息をついた頃、同じように傷だらけの仲間達が姿を現した。
「隊長……禅斗さん……!!皆さん無事で何よりです……!!」
「生きてて何よりだ」
今にも泣き出しそうなアイシェに、この状況下でも相変わらず笑顔は絶やす事のないジャンカルロの二人。
「アイシェ、無事で何よりだ」
マリアも副官の無事を確認すると胸を撫で下ろし、優しく穏やかな声を彼女にかけた。
しかし、彼らも伝えねばならぬ事がある。
「イリスが、やられちまった……」
「イリスちゃん……が……?」
アイシェの力が抜ける。余りにも信じ難い、いや信じたくない事実で己の体を支えることもままならなくなる。アイシェもマリアと同様、あの日からずっとイリスの面倒を見て、その成長を見届けてきた。彼女にとっても歳の離れた妹のようで、だからこそ喪われたのは余りにも彼女には酷すぎて————
「まだ終わったわけじゃない」
禅斗の腕が、言葉が彼女の身体を支える。力強く、芯の通った言葉は多くを語らずとも絶望から遠ざけるには事足りて。
「そう、完全に死んだわけじゃない」
いつの日か自信なさげにしていた少年も、確固たる意志の下に言葉を放ち。
「絶望してる暇はない。次の手を考えよう」
彼女もまたあの日イリスを救うことを決意した時と同じように、ただ一縷の希望のみをその目に見据えて。
「オレたちにはまだこの2本の手が残されている。ならばまだ手を尽くしたなんて言えるはずがないだろう!文字通り、この両腕が尽きるまでオレは諦めんぞ!!」
この場にいる誰もが絶望などせず、ただ少女を救うというただ一つの未来だけに目を向ける。例えそれが余りに無謀だと分かっていても、手を伸ばし続けることを選んだのだ。
ただ、この現状がそれを許せるほど甘いものではなかった。
「お前さん達が諦めないというのなら俺の両腕を貸したいのは山々なんだが……俺たちもどうこう言ってられる程に余裕がある訳じゃない」
厳かに口を開くジャンカルロ。この惨劇が引き起こされてから常に最前線で防衛に当たっていた彼から今を説かれる。
「現状この防衛戦はヨハネの戦力とMM地区支部のメンツ、それに加えてマスターキュレーターの部下どもも掻き集めてやっとの事で持ち堪えている。そしてこの防衛網も恐らく、保って明日の日没の時刻までが限界だろう」
想像以上にひっ迫した状況。もはや連戦に連戦を重ねてきたのは彼らだけにあらず。戦力も限られた中でこの場所を守り続けているのだ。故に、時間的猶予は殆どない。
加えて、絶望は重ねられる。
「それと現在、日本支部がマルコ班を含む大部隊を集結させこちらに増援を寄越そうとしてくれている」
「いい事じゃねえか」
「問題はあいつらの目的は嬢ちゃんの救出じゃねえ。エレウシスの秘儀の完全破壊だ」
無理もない。マルコ班の隊長、副長も連絡はつかず絶望的な状況。既に被害が甚大となれば封印、なんて悠長な事は言えるわけがない。
「誰だ?霧谷か」
「どいつもこいつも寄ってたかって……」
それでも一瞬、怒りが込み上げて。すぐに怒りを鎮め、静かに彼の言葉に耳を再度傾ける。
「……こうは言いづらいが、お前さん達があの死者の群れを突破して少女を救える可能性は低い……いや、無いに等しい。そもそもこの防衛戦がいつ崩れてもおかしく無い状況だからな……」
彼もまた悔恨の表情を浮かべる。別に彼だって救いたく無いわけでは無い。それでも余計な希望を抱かせる事ほど残酷な事はないと分かっているから、淡々と事実のみを伝えた。
「まずは体を休めてくれ。俺もできる限りは尽くそう」
「勿論私もです……マルコの副官として、最後まで諦めませんよ……!!」
「頼んだ、アイシェ。私も幾らか知り合いに当たってみよう」
現状の把握と同時、明らかになった刻限。希望は捨てずとも、未だその手掛かりすら掴めず。焦りだけが募って、それに意味がないと何度も言い聞かせて、それを繰り返して。
「皆さん、よろしいでしょうか」
そんな無限に続く思考を遮るように、雨宮が割って入った。
「どうした?」
「薮先生が、皆様にイリスちゃんについて説明したい事があると」
さっきの今、この状況下で何かが好転したようには思えない。それでも彼らは聞かずにはいられない。もしかしたら、そんな藁にもすがる想いで。
「案内を頼む」
「分かりました」
そして彼らは雨宮に案内されるがままその場所へと向かう。
未来への端緒がほんの少し姿を見せていることに、今は気づかずに。
続
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます