第9話 反撃の端緒

ランドマークタワー MM地区支部


FHによる撹乱と破壊、そして制圧を同時に試みた攻撃。敵は烏合の衆だったにもかかわらずその策略通りMM地区支部の面々は苦戦を強いられ。もはや戦線の崩壊は免れないものと思えた。だがその数に折れる事なく耐え切った彼らに応える様に。彼ら、レネゲイド災害緊急対応班"ヨハネ"の登場によってパワーバランスは一瞬にして返されたのだ。


「誰だこのおっさん!?」

「誰だこのオッサン!?」

率直にその登場に驚きを隠せない禅斗とカケル。そんな彼らにタバコを咥えたままニッと笑いかけ、彼は己が名前を告げた。

「俺はジャンカルロ。R災害緊急対応班"ヨハネ"の隊長だ」

差し出された手。よく見れば傷だらけで、その態度とは裏腹にその手がいかに多くの戦いを抜けたかを語る。

「マルコ班隊長のマリアだ。応援感謝する」

「洗礼者みたいな名前してんな。だけど助かるぜ」

「いやぁマルコ班は美女が多いと聞いていたが、こんな時じゃなければ口説かせてもらってたよ」

面々は力強く握手を交わし、友好を確かなものとする。ただカケルはジャンカルロ近寄ると同時にバク宙で後方に下がり、毛を逆立たせて威嚇し始めた。

「くっせぇなお前!!近寄んな!!」

「おっと、ネコちゃんにタバコの臭いはキツかったかな?」

状況が状況にも関わらず飄々と答えるジャンカルロ。常日頃から厳かな空気を纏うマリアと比べるとやはり対照的な雰囲気を皆は感じ取っていた。

それと同時、彼はR災害緊急対応班の一つであるヨハネの隊長。それ即ちその実力はマリアに比肩するだけの実力を持つという事だ。そしてそれは、戦闘力のみにならず。

「さて、本当はゆっくり茶でも飲みながら説明したいところだが……時間がねえから簡単に済ませるぞ」

「ああ、頼む」

判断力も、指揮能力も随一だった。


「俺たちヨハネはこれからディオニューシアの極光の封印に向かう。たださっき外から見た限りでは上階も地上付近もFHのエージェントによって占拠されている状態だ。その中で俺たちヨハネだけではあの数を押し切り封印するのは困難だと考えている」

念入りに仕組まれた奇襲。今までの戦いと彼の見た現状がそう物語っていた。

「だからマリア、支部長さん、アンタ達の部下に手を貸してはもらえんか」

「ふむ……まあ私が出るのは構わないとしてここにいる奴らも合わせればまあまあになるだろ う。優秀な副官にもバックアップを任せよう」

「私なら身体のどの部位でも余さず貸そう。腕でも脚でも、好きに使ってくれたまえ」

「何とかなりそうだな……じゃ俺はイリスと帰りますね……」

「まだ仕事は終わってないぞ」

「今帰ったら今度のボーナスと夏休暇は没収です!!

「ひえ〜〜〜〜〜もうレネゲイドはこりごりだ〜〜〜〜〜」

「くせぇオッサンの為に命かけたくねぇな」

悩む間もなく答える二人。そして悩む間も無く逃亡を図った垂眼に自由なカケル。だが、あながち逃亡という選択肢は間違いではない


「いえ隊長。皆さんと共にイリスちゃんを連れて下へ逃げてください」

厳かな態度で皆の前に出たのは、マルコの副官アイシェ。

「ヨハネの支援には私だけが向かいます。敵の大半は恐らく上階に集中していると考えられますし、加えて敵の狙いは……」

「確かに相手の目的はイリスだ。彼女の護衛も重要だが……」

マリアが案じるのも無理はなく。アイシェは有能だが戦闘能力はお世辞にも高い方とは言えない。前線に戦う者がいて、彼女の力は存分に発揮されるのだ。ただ、だからこそ同時に忘れてもならない事がある。

「支部長、僕らがジャンカルロさん達と行きます!!」

「甘宮くん!!」

ここにはまた、彼らもいることを。


「うおーー!!やってやりますよ!!」

「僕らだってMM地区支部のメンバーです。ここまでやられて黙ってなんかいられませんよ」

闘志を露わにする聖と千翼。彼らの実力高さは禅斗自身がよく知っている。並大抵のエージェントの前に彼らが倒れることはないことも、ヨハネの力になることも。それでも彼は少し不安げな表情を拭きれず。

「だが、君ら少年少女を向わせるのはだな……」

「支部長、彼らの面倒は私が責任を持って見ます。まあ正直、私が見る必要もないくらい彼らはしっかりしてますけどね」

いつも通りの柔らかで朗らかな口調で告げる葛城。それでいて質実な彼女の言葉だからこそ、禅斗は静かに頷いた。

「葛城さん、彼らのことを頼む」

「了解です!!」

決して状況が好転しきったわけでは無いが、それでも勝ちの目は見えている。確かな勝機が生まれ始めていた。

「じゃあワシらは非戦闘員の誘導の為に逃げる方に着いて行かせてもらおうかね」

「ああ。こちらもある程度は人手が欲しいからな、助かる」

「安心しな光、オメーには指一本触れさせねえからな」

「イリスちゃんはもちろん、黒鉄の妹に怪我をさせる訳には行かんからな。オレも全力を尽くそう」

「安心してください、真奈は私が護ります」

「私も、みんなを守れるよう頑張る!!」

「ぼ、僕も頑張ります!」

「皆様の盾として、彼らには傷ひとつ付けさせませんよ」

「よし逃げよう!!ハヌマーンは逃げ足ぐらいしか自慢がねぇからな!!」

それぞれがそれぞれの意思を、決意を示し、隊列へと加わる。そして互いに向き合い、拳を合わせた。

「頼んだぞ、ジャンカルロ」

「Finché cʼèvitacʼè speranza……お互い生きてまた会おう!!」

互いに希望を託し合い、振り返らずその場を走り去っていく。己が使命を果たす為、そして大切なものを守る為。終わりへと向けて、彼らは今駆け出した……



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同刻 ランドマークタワー 下階


混乱と混沌の渦巻くランドマークタワーの下層。それを背に、初老の男は優雅とも言えるほどに落ち着いた様でその場所に佇んでいた。

「ルイ・ル・ヴォー様。奇襲部隊はMM地区支部とR災害緊急対応班によって壊滅。現在、エレウシスの秘儀は下階に向けて逃亡を開始したようです」

「そうか、報告ありがとう」

男は決して動じずに、和かに部下に答える。同時、目的の遂行のためにすぐさま思案を巡らせ始めた。

「R災害緊急対応班には介入されるとは思ってはいたが、こうも早くとは些か予想外だったな……。キュレーターズ、用意を頼んでもいいかな?」

「か、構いませんが……まさか……」

「ああ。マスターレギオンを倒した彼らと対峙するとなれば、これくらいは用意する必要があるだろう」

「しょ、承知いたしました」

動揺しながらも彼の指示に従い用意を進める部下達。彼の手元に用意された頑丈なケースからは、異常なまでに強いレネゲイドを肌で感じ取ることが出来た。


そして彼は呟く。

「どんな傷でも癒し、死者さえも蘇らせる力……。私のコレクションに加えるのがとても楽しみだよ……」

己が欲望の叶うその瞬間を仰望し、歪とも言える笑みを浮かべながら……


迫る"マスターキュレーター"との対峙。

そして一つの物語が、終わりへと収束する。


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