第8話 襲撃

UGN MM地区支部


突然のことだった。

命を焼き尽くす紅蓮が、全てを薙ぎ払う衝撃が平穏を包み込んだ。


前触れも、予兆もあった。盤石の体制をもってして迎え撃つはずだった。

それでも、現代の目を奪われた彼らにとってこの一撃は予測できず。


まごう事なき、"奇襲"だったのだ。


そして必殺ともいえるその一撃によって、彼らもその命を落とした……



筈だった。



徐々に晴れていく視界。ランドマークタワーは抉られたように崩れかけているが、彼らは生きているどころか傷一つすら付いていない。

垂眼らが正面に目を向ければ、そこには盾、だった筈の歪んだ板を手にする麗人。

「皆さん、お怪我は」

「お前は……!!」

「んな……」

「ええ!?」

大盾のレギオンと称された女、ナタリア・メルクーリが彼らの前に立ち塞がっていたのだ。


「お怪我は?じゃねーよ!!てめーはどうなんだよ!?」

「この程度ならあの戦場でいくらでも受け止めてきました。ほら、盾はダメになってしまいましたが私は無傷です」

答えの通り彼女にも火傷や擦り傷の一つすら付かず。二度とその役目を果たせぬだろう盾を涼しい顔で投げ捨てた。

「流石は大盾のレギオンといったところか」

「まさに壁の如し」

感心するマリアと禅斗。だが、指揮官たる二人は決して気を緩めることはなく。

「次はどうする?」

「目的が少女であるならば、恐らく敵は第二陣をもってして制圧してくる筈です。構えて!!」

ナタリアも数多の戦場を駆け抜けてきた勇士だからこそ、次の一手を手に取る様に把握していた。

「こちらアルファ、内部への侵入に成功……って、何で生きてやがる……!?」

それも彼らが、武装したFHのエージェントが砕けた外壁より現れたときには、もはや必然とも思わざるも得なかった。

「お、流石に二発目は撃てねえってわけか……!!」

垂眼はその手に剣を創造し堂々と身構える。

「ぶっ殺せるなら問題ねぇな!!」


そして先ほどまで僅か50cm程だった、可愛らしい三毛猫の姿はそこにあらず。

力を解放したその体躯は1mを超え、溢れんばかりの殺気と気迫がその体をより大きく見せつけた。

「こ、この化け猫が……!!」

「構わねえ、殺せ!!」

彼らは僅かに狼狽えながらもその手に持つ長銃を構え、サイトを覗いた。

だが、僅かなまばたきの間にその姿は消え。

「どこに……!?」

「ぐあああああっ!?」

「死ねやコルァ!!」

次に姿を現した時には、彼の鋭爪は喉笛を掻き切り、またその姿を消していた。


「まずはあのガキから殺っちまえ!!」

敵もプロであるが故、姿を消したカケルからは照準を外し垂眼へと狙いを変える。

それが、誤った判断であるとも知らずに。

「舐められたもんじゃねえか!!」

「舐め返して来るといい、垂眼!!」

彼らが引き金を引くと同時に姿を消した垂眼。

次に現れたのは、彼らの眼前。

「ワープしてきただと……!?」

「近づいちまえば銃なんて怖かねえよなぁ!!」

その剣に風を纏わせライフルめがけ振り抜く。リーチは短くとも、その素早い斬撃は直ちに銃身を細切れに斬り裂いた。


「こんのクソガキ……!!」

垂眼の攻撃によって武器を失った彼はナイフにて反撃を試みる。垂眼が斬り返すよりも早く、それを突き刺さんと振りかざす。

だが、そんな猶予が彼に存在しているわけが無く。

「あギャっ……!?」

「他愛なし」

マリアの血刃が体躯を切り裂き、その赤は燃えるが如く彼を飲み込み鮮血が舞い散る。

いや、舞い散るなどという表現はあまりにも優しすぎた。血は爆ぜ、その体躯から赤を撒き散らした。


「畜生……奇襲のはずだろうがああああ!!」

「撃て、撃てえええええ!!」

予想外の反撃に混乱した彼らは弾丸を雨が如く禅斗へ向けて降らせる。

「残念ですが、そうはさせません」

されどナタリアにはそれはもはや霧雨程度。盾を構え、鋼が如きその体で弾丸の全てを弾いた。

「助かった、ナタリア」

「礼には及びませんよ。それよりも」

「ああ、そうだな」

右手をかざす禅斗。狙いを定めるは3体の敵エージェント。そして、解き放つは黒き魔眼による重圧。

「あがっ……重っ……!?」

「じゃあ、みんな。トドメを頼むよ」

もはや照準を合わせる事も、動くこともできず。

「クソッ……こんなガキ共に……!!」

「俺以外の人が強いからね、仕方ないね」

垂眼、マリア、カケルのそれぞれの一撃が眼前の敵を完膚なきまでに叩きのめした。



しかし、まだ眼前の敵のみ。

「クソッ……キリがない……!!」

「しぶちょー!!敵が多すぎます!!」

分断された千翼、聖らMM地区支部のメンバーもまだ戦い続けている。加えて、倒した先から湧くが如く敵は増え続ける。

「こっちもキリが無いんですけど!!」

「出てこなければ死なずに済むってのに」

垂眼と禅斗も次々と現るエージェントに対応し続けるが、減る気配など一つもない。


「ウッ……グッ……!?」

混乱の最中、一つの銃弾がマリアの脇腹を貫き赤が滲む。

「まじかよマリアさん!?」

膝をつく彼女。前線は一度崩れてしまえば、そのままなし崩しに押し切られるのが戦いの常だ。

「カバーに入ります……!!」

「クソッ……!!ウジャウジャ湧いてきやがって!!」

ナタリアとカケルも動くがそれぞれで対応できる許容範囲はとっくに超えていた。

「もらったァ!!」

「うわ!!」

故に、彼にもスキが生まれてしまった。

「テメェ!!俺様の子分に何しやがんでィ!!」

カケルは咄嗟に垂眼を救わんと駆け出す。しかし分断された今では間に合うわけも無い。

「死ね……クソガキ……!!」

不意を突かれた攻撃に回避行動もまた間に合わず。今まさに引き金が引かれようとした。



「キューーーーー!!」

「うおあっ!?」

瞬間、この血生臭い戦いの場には余りにも似つかわしく無い、コミカルな白いクジラが男に向けて突撃したのだ。

体勢を崩した男。

「っしゃオラァ!!」

再度姿を現したカケルの牙によってその男は倒れ伏す。同時に、誰がこのクジラをという疑問が浮かんだ。


ただその答えは、目の前を見れば一目瞭然だった。

「タレメ!!みんな!!」

「イリス!!」

「お前がやったのか!!」

そこには鬼斬りの古太刀を背負った青い髪の少女。エレウシスの少女、イリスが立っていたのだ。少女はすぐさまマリアに駆け寄り、優しき青い光で彼女の傷を癒す。

「はは……不甲斐ない……」

「助かったよ、イリス。ありがとな!!」

「私だってこれくらい!!」

優しく頭を撫でるマリア。イリスも己の出来ることができたからかとても嬉しそうだ。

「辛いところだが、感謝する。出来るだけオレたちでなんとかしたかった」

禅斗は悔やむが、イリスはそれに対し首を振る。

「私だってみんなの為に何かできる……今度は私がみんなを守る……!!」

それでも彼女は明確に意志を露わにする。かつて救われたからこそ、今度こそは己が彼らを救うと。


悪化する状況の中でありながらも、彼らは決して折れることなく次々と現る敵と対峙する。

「まだやれるぜェ?何匹でも来やがれネズミ!!」

毛を逆立たせながら威嚇するカケル。例え疲労の色が見え始めていようと関係ない。そこに守るべきものがあるから彼らは立ち続ける。

彼らの瞳に敗北は、一切映っていなかった。


武器を構える敵。照準の全てが彼らに向けられ、一気に鉛弾の嵐が彼らを襲わんとした。


———同時、空気が揺らめく。


「な、何だ!?」

熱波が弾丸という弾丸を全て叩き落とし、同時に涼やかな風が舞い込んだ。


それは、誰かが空を切り裂いた余波。

誰かが天を舞う、その報せ。


そして彼らがそれを認識する頃にはもう、既に彼はそこにいた。


「な、なんだテメェ!?」

「レディをナンパするなら、もっとスマートにやるもんだぜ?」

宙を舞う彼に向け銃口を向けるが、それよりも早く、鋭く重い蹴りが叩き込まれる。彼が空を駆けるその様は跳ね馬が如く。そこに地があるように彼は自由に空を踊るように次々と敵を圧倒したのだ。



全ての敵が倒れ、同時に訪れたわずかな静寂。

「遅くなって悪かったなぁ……だがもう安心しな」

軽やかにその地に降り立った彼は、イタリアの伊達男は高らかに声を上げた。

「レネゲイド災害緊急対応班『ヨハネ』現着!!良く生きてたな!!さぁ———こっから大逆転と行こうぜ!!」


舞い降りた大鷲。彼に続いてヨハネ班の面々がその場に集う。数の差はもはやそこに存在せず。


反撃の時が、今訪れた。


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