第2話 因縁

MM地区 ランドマークタワー

UGN MM地区支部


エレベーターに乗る一行。

登り始めた瞬間あまりの加速に血の気が引いてしまったような気もするが、案外すぐ慣れたようだ。

「そういえば」

ふと、疑問の浮かんだ垂眼が声を上げる。

「マリアさんとアイシェさん、お仕事で来たって聞いたんすけど、なんかあったんすか」

「エレウシスの秘儀事件の最後の後始末さ」

「中東の方からR災害緊急対応班のヨハネ班のが明日から実況見分に来ますのでその対応に来ました」



レネゲイド災害緊急対応班、それは各国の中枢評議会の直属の部隊であり、マルコを含め4部隊存在する。

日本を含む東南アジアやオセアニアの区域を担当する"マルコ"。

アフリカ、インド、中東を担当する"ヨハネ"。

アメリカ、中南米を担当する"マタイ"。

ヨーロッパ、中国を担当する"ルカ"。


それぞれの隊に担当する議員がおり、マルコとヨハネについてはどちらもUGNの中における穏健派である。

また担当議員同士の交流も多いということもあってか協働して作戦も多い。

今回はアイシェや霧谷の報告書に不備が無かったか第三者の最後の確認という事で、そんなヨハネ班に白羽の矢が立ったのだ。

「彼らが来るのは明日ですが、準備も必要でしたし」

「どうせならイリスも羽を伸ばしたいだろうと思ってな。まあだが、まずはメディカルチェックと、件の問題を解決してからだな」

言い終えると同時、エレベーターのドアが開きMM地区支部のスタッフが彼らを迎え入れた。


「お疲れ様です支部長、R災害対策班の皆さん、垂眼君」

「それで、確か通報してくれた子がいるんだっけ」

「はい、彼らが」

スタッフが一人の少年と、一匹の猫の方に目を向ける。

「にゃーん!!」

「あ、お疲れ様です」

椅子の上で苛立ちを露わにしながら声を上げる三毛猫のカケルと丁寧に挨拶をする光。

マリアとアイシェも小さく挨拶をしてそれに応えた。


と、同時。生じた新たなる疑問。

「何故こんなところに猫が?」

カケルは椅子からシュタッと飛び降りると、マリアに近寄り、ずいと見上げる。

「…………」

「…………」

じっっと見返すマリア。

互いに言葉を発する事なく、静かに見つめ合う。

そして暫しの無言の時間が流れた後、

「にゃ〜ん」

カケルは腹を見せる様にひっくり返り、服従の意を示した。

マリアはそれを撫でもせず、ただ不思議そうに見つめていた。


「カケルは女の人が好きなんです……すみません……」

申し訳なさそうに頭を下げる光。マリアは気にも留めてないが、疑問は尽きないようで。

「これは貴方のペットかしら」

「えっと……どちらかというと僕がオマケといいますか」

「それはどういう……?」

「猫のオーヴァードなんです。僕は保護者というか……僕からお願いしないと聞いてくれないので……」

光とカケルとUGNの関係は少し複雑だ。

光自身に戦う能力はなく、カケルはオーヴァードとしてUGNの保護下にはあるが、猫だから当たり前というか、気まぐれ故に協力するかしないかは気分次第である。

そしてそんな猫の彼が唯一言うことを聞くのは友である光のみなのだ。

「猫にもオーヴァードっているんだ……」

「人間以外のオーヴァードは珍しいですね」

物珍しい様子で垂眼は手を伸ばそうとしたが、それよりも早くカケルが爪を立て睨みつけていた。



「すみません、お待たせ致しました」

丁度、皆が打ち解けた頃にスタッフが姿を現す。

「それで、要件は」

「皆様にお会いしたい人物がいると……」

「ほう、それは構わんよ」

「ただ、その……驚かないで聞いてくださいね」

言い淀むスタッフ。まるでそれを信じられないというか、彼自身が事実を飲み込む為に資料を見返し、改めて口を開いた。

「彼女、元FHの人間のようです」

「ほう……?」

「今更何も驚やしないよ。私もそうだった……かもしれない……あれ、この世界ではどうだっけ」

「支部長、大丈夫すか……?」

驚きはせずとも、やはり疑念が尽きないようで彼らは首を傾げていた。


「それで、誰がどうしてその人物を連れてきたんだ?」

「…………僕です」

マリアに気圧されながらも静かに手を上げた光。

「中華街で倒れていて、一瞬だけワーディングを出していたので関係者かと思って。放っておくよりは……いいですよね?」

「良いとも。問題を起こすまでは殺しちゃいかん」

少し不安そうに声を出した彼に、相変わらず内容は物騒でありながらいつも通りの優しい声で答えた禅斗。


「はん、知ってたなら助けなかったぜ」

そして彼、カケルが声を上げた瞬間皆が、特にマリアが目を見開いた。

「……この猫、喋るのか」

「何を言ってるんだマリア、猫とは元来喋る生き物だろう」

「そうだぞ」

「……世の常識では普通の猫は人語を介さないはずだ」

混沌としてきた空気。

もはや誰がまともで常識が何かよく分からなくなり始めた。


「と、とにかく!!」

そんな空気を断ち切るようにスタッフの彼が声を張り上げた。

「ここから先は彼女本人から直接聞いてください」

「ああ、分かった」

「にゃーん」

皆が了承すると、彼は部屋へと皆を案内する。



案内されたその場所は一面ガラス張りの部屋。

中には一人、カケル達が連れてきた彼女が微動だする事なく座っていた。

「念のため彼女には拘束衣を付けていますが、万が一の時はすぐにお声掛けを」

スタッフは恐る恐るドアを開き、皆を招き入れる。

そして皆が入ると同時彼女は立ち上がり、静かに会釈した。

「皆さんはじめまして。旧イスラエル軍、"黄昏大隊"の副官を務めておりました、ナタリア・メルクーリと申します」

拘束衣を付けられていながらでも気丈であり続けるその立ち居振る舞い。

その様は麗人と例えるに相応しい人物であった。


「ナタリアさんか。遠路はるばる良くおいでくださった。お茶でもいかが?中東なら紅茶が合うだろうか。ザクロティーもあるぞ」

彼女が元FHである事を知っていながらも禅斗は彼女を持てなそうとする。

ただ彼女はその誠意を見せられれば見せられるほど、苦痛に満ちた表情を浮かべた。

「……私がイスラエルにいたのはもう何年も前の事です。それに、私には貴方達に施しを受ける権利など持ち合わせてなどいないのです」

「喉を潤わせる権利くらいはある」

「それは、私の素性を知ってでもそう言えますでしょうか」

その一言を皮切りに、今まで穏やかだった口調が氷が如く冷たきものへと変わる。


「貴方達にはこう名乗れば、理解していただけるの思います」

そして彼女は、静かに、ゆっくりとその口を開いた。

「"大盾のレギオン"、と」


瞬間、皆の空気が重々しく、敵意、驚きまに満ちたものへと変わる。

「なるほど、な」

「事情は変わった、一滴もやらん」


因縁と共に蘇りし彼女。

彼女との出会いが、新たなる戦いの始まりを告げる。


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