第19話 ラストアタック
MM地区 ベイブリッジ “海"
その場所は命あるものにとっては地獄、或いは絶望そのものと形容するに相応しい。
死を恐れ、更なる生を求め命に群がる鯨達。
その中心で彼は、決して折れること無くその刃を幾度となく振るう。
「止まるわけには……行かないんだよ……!!」
絶望の先にある、たった一つの希望を、未来をその手にするために。
※
振るわれる短剣。
垂眼はその剣、のみならずその身にも風を纏わせ次々と迫る鯨たちの攻撃をさばき続ける。
「数は多いけど……だんだん見えてきたぞ……!!」
振るわれる拳を回避、それと同時に斬撃。
鋼が肉を裂き、風がその傷を抉る。
その一撃一撃で仕留めることはなくとも、確かにその体躯に傷を刻む。
もう一体、もう二体と傷を与え、
「っと……危ねえ……!!」
危険となれば即座に引く。
二人が倒れた今、己が倒れるわけにはいかない。
まだ可能性がある限り戦うと、諦めないと彼は誓ったのだ。
故に彼は己の為せる最大限を為し、、
「禅斗さん……!!」
「応ッ!!」
少女を救うために戦うのだ。
放たれたのは重力による範囲攻撃。
垂眼の刻んだ傷を起点として鯨たちは声にもならぬ叫びを上げながら肉塊へとその姿を変えていく。
「よし、今日の夕飯はハンバーグにするのがよさそうだな」
「いやあれ見た後にハンバーグ食べようと思います?」
臥したそれらは次第に水に、赤に融け消えてゆく。
状況は決して好転したわけではない。
マリアも黒鉄も倒れたまま、異常なまでの再生速度も、膨大な生命力も変わらず。
絶望に絶望が重なり、その行く先に光などはないとも思えた。
ただそれでも、希望が潰えたわけではなかった。
「禅斗さん、さっきの奥の手はもう一回できたりしませんか」
「悪いな、必殺技というのは1日1回が限度なんだ。だが態々それを聞くってことは、何か手があるんだな?」
「あれ、見てください」
垂眼の指差す先、それは全員による攻撃の跡。
あれほど強大な一撃を受けたにも関わらずその傷は既に癒えはじめ、両断されていた体も既に一つに戻っていた。
だがそれでも、あの再生力を持ったとしても癒えきってはいなかったのだ。
「なるほど、確かにあそこから切り崩せばあのバケモノも倒せそうだ」
「ただ……」
言い淀んむ垂眼。
彼の脳裏に思い起こされるのはあの戦いの、マスターレギオンとの闘いの記憶。
確かにあの時全力を尽くした。
持てる全てを出し切った。
それでもその速さ、鋭さではあの男には届かず。
それは彼にとって数多の敗北の一つだった。
負けるのにも、死ぬのにも慣れて、大して何かできるわけでもなくて、その度に惨めになって。
それでもあの時、全力を尽くしたのは守りたかったから。
自分がどうなっても構わない。
それでも少女がまた笑って欲しかったから。
そんな想いで繰り出した限界の一撃。
それさえも届かせられない自分が、皆がその身を挺して放った一撃をも耐えたあのバケモノを倒す事はできないようにも思えてしまった。
倒したはずの男が、今もまだ壁として立ち塞がっている。
そしてその壁を前にして、彼は一歩前へと足を踏み出せずにいた。
「大丈夫だ、垂眼」
————背中を押された。
「この世界は、オレたちは終わってないだろ?」
大きくて、固い、傷だらけの手。
それは幾千もの戦いを乗り越えた証。
その彼が、支部長がかけてくれたその一言は、垂眼の枷を取り除くには十分すぎた。
「まあ大丈夫と言ったところだが、私は頼らないでおこう。クッションくらい必要だろ?」
「いや本当助かりますよ、支部長」
憑物が落ちたように、彼の表情には曇りはなく。
同時にふと、その剣と、叩かれた背中に重みを感じた。
「それで、どうだ?」
「やれます。少なくともここで諦めるつもりなんてもうないっすよ」
迷いはない。
その目には曇りもなく、ただ一点を見つめていた。
「よく言った。そうでも言ってくれなければオレも秘策を使うに使えんからな」
「まだ奥の手があるんすか……」
「次はとっておきのとっておきだ。ただ、それこそ一度だけ、一体にしか使えん」
したり顔でありながらも、その口調からしてその全てが事実である事を感じ取れた。
同時に、まだ策は尽きてないことも確信できた。
「俺があいつらを弱らせてきます」
「オレが一網打尽にして、そしたら———」
「最後の攻撃を仕掛けます」
見据える。
最後の希望を。
託された願いをその手に、風とともに剣に乗せて。
「頼んますよ、支部長」
「ああ。行ってこい、垂眼!!」
再度その脅威に向け、力強く地を駆けた。
迫る3体、いや倒したはずの4体も再度その肉体を再構成し7体へと数を増やす。
その恐ろしさを、強大さを知っている。
それでも彼は臆す事なくその足を前へと踏み出す。
「っ……らぁ!!!」
斬撃、回避、それらの繰り返し。
極限まで張り詰めた集中の中で彼は一つとしてミスをする事なく攻撃を続ける。
僅かなミスは繰り出される禅斗の重力操作によって埋められる。
鯨を重力によって浮かばせ、それを他の個体にぶつけ垂眼の援護と攻撃を同時にする。
そして長くも短い30秒の戦いの果て————
「禅斗さん……!!」
「ああ……!!」
かざす右腕、平伏すは7体の化物たち。
確かにそれらは垂眼の付けた傷を起点としてその身は崩壊する。
「奥の手……頼みましたよ……!!」
瞬間、地を蹴る。
その足に風を纏わせ、己が出せる限界の速度で駆ける。
「イリス……!!」
少女を救うためその傷が広がることも、己が人ならざるものに近づくことも構わない。
ただ自分の出せる限界を、あの命に届く一撃を。
音さえも置き去りにして、剣を手に少年は飛び上がった。
だが同時、
「くそっ……邪魔するなよ……!!」
現れたるは8体目の鯨。
もはやエレウシスの秘儀そのものも貪欲に生を欲し、死を恐れるが故に垂眼の限界の一手さえも潰しにかかるのだ。
禅斗の支援も間に合わない。
障害を払えば力は削がれ、エレウシスの秘儀の命には届かない。
だが新たな策を思案する間は無く。
彼とそれが交差する、瞬間—————
※
『そんなものか?』
————声が聞こえた。
『我々の理想を否定したお前の正義は、その程度か?』
朦朧と意識の中、深い闇の底から声が聞こえた。
かつて理想を語り合った男の声。
内臓は潰れ、息をすることもままならない。
それでも俺は、心の奥底で静かに呟く。
"この程度で終われれば、楽になれた筈だったんがな"
身体を起こそうとしてそこで右腕がないことを思い出す。
もはやこの体に立ち上がる力など残っていないのは明白だ。
それでも、このまま臥してるわけにはいかない。
彼に、切り拓くと約束したのだから。
アイツに、俺たちのようにはしないと約束したのだから。
何より————
"それでも俺は……生きろと言われたから……託されたのだから……だから……!!"
正義も、理想も、何一つ果たせずに、死ねる筈もなかった。
闇の奥底で彼は笑う。
それは嘲笑かそれとも称賛か、その真意はもうわからない。
だが彼との記憶が、
この軽くなった身体を起こすには十分だった。
残りし左腕で長銃を握る。
視界は血に染まり朧げで、力無きこの手では照準も合わせられず。
それでも光は、希望は見えている。
それを遮ろうとする、その存在も。
ありたっけの雷を、最後の力を左腕に込める。
片腕残っていれば狙撃はできる。
引き金を握るだけの力さえあれば、それでいい。
だから——————
「行け………
※
————瞬く蒼雷。
爆ぜるは一瞬。
垂眼を遮ったそれは、瞬く間に赤と水を散らしながら海の中へと消えてゆく。
垂眼は振り返らず。
声は聞こえずとも、姿は見えずとも、託された願いは、想いは全てこの右手に握ってるから。
ただ加速する。
一つの未来を手にするために。
少女の笑顔を取り戻す為に。
エレウシスの秘儀の最後の足掻き。
もはやその巨躯により垂眼をなぎ払わんとする。
このままいけば確実に衝突し、彼の身体は粉微塵になるだろう。
それでも彼は止まらず。死へとその身体を投じるが如く加速。
同時に彼は死なないと確信していた。
———いや、信じていた。
突如動きを止めるエレウシスの秘儀。
もはやそれは力などと言った物理法則によるものではない。
命そのものの、時間が止まっていた。
エレウシスの秘儀が睨みつけるは右手をかざすその男。
「言ったろう?オレの目は災厄を射抜く眼光。最後まで見ているよ」
男はいつも通りのしたり顔で、その手に触れた一つの結末を確かなものへと変えた。
彼が見るは確かな希望。
そして、その希望を成し遂げんとする少年。
禅斗は、希望たりうる彼にすべてを託した。
そして導かれるが如く、彼はソレを間合いに捉えた。
「ありがとうみんな……」
構えるは一刃。纏わせるは疾風。
「みんながいたら、こんな俺でも……ヒーローになれるかもしれねぇ!!」
もはやソレに回避する術などはなく。定められた狙いは決して外れぬものに。
そして今、想いを込めたその一撃が—————
「うらああああああああああ!!!!」
エレウシスの秘儀へと叩き込まれた……
※
今までは弱くて、何もできなくて。
本気で放った技さえも止められて、守りたかった少女に守られて。
周りの強さを羨んで、僻んで、劣等感ばかり抱いて。
でももう、諦めるのはやめた。
立ち向かうと決めた。
初めて、守りたいものができたから。
強くなりたいと思える理由ができたから。
皆が、信じてくれたから
託してくれのだから。
弱くたって構わない。
惨めだって構わない
応える方法はただ一つ。
今できる全力で彼女を救うのみ、だ。
※
風を纏いしその刃が、振るわれる。
肉を裂き、骨を断つ一閃。
音を超える速度による攻撃は、誰にも止める事はできず。
その威力は今までの彼の一撃を優に超え。
マリアの与えた傷を広げるが如く、その刃は化物の身体を両断した。
もはやこれ以上の攻撃を繰り出すのは並みのオーヴァードでは不可能。
この限られた条件の中では誰しもが繰り出せる最大を彼は放ち切ったのだ。
だが、それを持ってしても、
「まだ倒れないというのか……!!」
彼の最大の一撃をもってしても、
「————————!!」
それが命に届くことは、叶わなかったのだ……
続
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