第7話 嬉しい
翌日 MM地区
燦々と照りつける太陽。澄み渡る空には雲一つなく、果てしなく青が続いていた。
そして観光地でもあるこの場所で人通りが絶えることはなく、彼らもまたその中を歩いていた。
「イリス……私は、イリス」
何度も、何度も確認するように呟く少女。
そんな彼女の手を引くのは少年、垂眼。
二人は少しぎこちない様子で、動く歩道の上をゆっくりと進んでいた。
女の子、それもこうも小さな子と遊びに行く経験などない垂眼はどこに行くか決めあぐねていた。
そんなとき、ふとカフェが視界に入った。
この間の昼の情報番組で、パフェが人気だと紹介されてた店。
「じゃあイリスさん、パフェでも食いに行くかね」
「ぱへ?」
舌足らずな口で、未知の食べ物を言葉にする。
「それって、美味しい……?」
「個人的にはこの間のバナナより手がかかっててうんまいと思うぞ」
「バナナより!?」
彼女にとっては今この世で一番美味しいものと言えば蜂蜜漬けとなったバナナの菓子。
それ以上なものがあると知れば驚き声を上げるのも無理はない。
「あ、あの、その」
「ん?」
少女はもぞもぞしながら何かを言葉にしようとするがそれを言い表す言葉が分からず。
ただ垂眼も彼女の表情から彼女の感情を象るその気持ちを、代わりに口にした。
「こういうときの気持ちはね、嬉しいって言うんだよ」
「嬉しい……うん、嬉しい!!」
「よしよし、じゃあ行こうぜ!!」
そして店内に入れば涼しげな風が二人の肌を撫でる。
「いらっしゃいませー」
二人を出迎えるは陽気そうな店員。
「あ、どうも二人で」
「2名さまご案内〜!あ、お客さん、カップルですとカップル割で半額になるんすけど〜。あ、『カップルです』って言って頂ければ大丈夫ですよ」
「あ、じゃあカップルです」
「カップルです?これからカップルです?」
「うざE」
「失礼しました!それではごゆっくりをー!」
席に案内され腰掛ける二人。
「カップル……?」
イリスは先程の知らない言葉に興味を示す。
「仲良しの二人、って意味だよ」
垂眼はそうは口にするが、口にした途端恥ずかしさがこみ上げてきた。
「どうしたのタレメ?」
「いや、気にしないで。ほらほらイリスさん、こん中から好きなの選んでよ」
誤魔化すようにメニューを開く垂眼、イリスは目移りしていたが、すぐにそれを指差した。
「おお……これか……」
彼女が指差したのは、この店で一番大きなスペシャルジャンボパフェ。外にあったサンプルを見る限りでは器の大きさだけでイリスの顔の倍ほどあった気がした。
「ちゃんと食べ切れるかい?」
「うん!!」
少女に迷いはなく、その目は煌めいていて揺るがぬようであった。
「すんませーん、これ一つください。俺はこのちっさいフォッカチオでいいです」
「かしこまり〜!!」
そしてわずか数分後。
「お待たせいたしましたァ〜〜!!」
「はえーしくそでけーや」
テーブルに置かれたのは外のサンプル……と比べてもはるかに大きなパフェ。
少女はそれに目を輝かせながらあるものを探す。
「あ、あの……」
「ん、どした?」
「はちみつ……」
少女はあの味を忘れられないようで、乞い求めるような眼差しで垂眼を見つめた。
「あ、じゃあ蜂蜜ください」
「かしこまりぃ!」
手渡されたボトルの蜂蜜。
「困ったもんだな、マリアさんも妙なものを教えちゃってさ……」
イリスはそれを受け取ると、器から溢れるギリギリのギリギリまでたっぷりと蜂蜜をかけきった。
「よし、食うがいい。ちゃんといただきますしような」
「いただきます……ってなに?」
垂眼は体の前で手を合わせる。
イリスもそれを真似るように手を合わせる。
「これから美味いもん食べて優勝しますっていう宣言だよ。言った方が気持ちが良いんだ」
「優勝……世界で一番嬉しいってこと?」
「その通り!賢いな!」
垂眼が優しくイリスの頭を撫でると、彼女も控えめに微笑んだ。
「よし、じゃあ」
「いただきます!」
「うん、いただきます」
イリスはスプーンを手に、クリームと蜂蜜の山ともいえるそのパフェに挑む。
垂眼も頼んだフォッカチオをナイフとフォークで口に運んだ。
「あ、美味しいや。美味しすぎて大石になったわ」
「おいしすぎて……おお……いし?」
「あ、いや、ホントごめん忘れて」
「……うん?」
「それよりも、美味しいか?」
「うん!!」
その笑顔は控えめではなく、垂眼に向けられた眩しい、とても眩しい笑顔だった。
頬に生クリームが付いているのにも気付かずに。
「よかったな、今回は自分でもちゃんと選んだし」
「……そうだね!」
「これからも自分の好きなもんは、自分で選んでいきなよ」
垂眼は、誰よりも優しい声で少女に大切なことを伝えた。
「ねぇ……これはどうやったら貰えるの?」
「これ?ぱへのことかい?」
「ぱへとか、バナナとか……」
少女にとって、物を「買う」という概念は今日初めて出会った物。
彼女にとっては興味深く、知らずにはいられないのだ。
「そうねぇ、お金っていう物をあげると代わりにもらえるんだよね」
「お……かね?」
「うん、まあ今は詳しく知らんでも良いんじゃないの?」
「……ううん、知りたい」
少女は食い下がる。
「おかねは、どうやったら貰えるの?」
当たり前に生きたいから、これから先をちゃんと進みたいから。少女は問い詰めた。
そんな想いを垂眼も汲み取り、続けた。
「そうねぇ。誰かから頼まれた事をやってあげたりとか、みんなの為にできることを頑張ってやると貰えるんだよ」
「じゃあ、わたし……お金をもらいたい。そしたら、タレメに美味しい物をあげる……!」
少女の最初の願い。それは何かを求めるわけではなく、誰かにあげたいという、優しい願い。
「…………」
「どうしたの垂眼?」
「……やばい、言葉が飛んでしまってた」
垂眼はそんな彼女の想いに触れ、何も言葉を発することができなかったのだ。
「いや……だった?」
不安げに聞いた少女。
「いや、めっちゃ嬉しい!!イリスさんは偉いなぁ!!」
そんな不安をも吹き飛ばすように、彼は彼らしく明るく笑顔で答えた。
「うれしい……うれしい?」
「嬉しい!!嬉しい!!」
「うれしい!!うれしい!!」
連呼する二人。
それを口にすればする程、二人のその気持ちは、幸せは増していく。
「俺も、ありがとうな」
そして最後に彼は心の底から優しく、小さく微笑んだ。
そんな二人の前に残ったのは巨大なパフェ。
「全部食えるか?すげー量だけど」
「食べる!!絶対食べる!!」
「その意気だ!まあ食えなかったら食べるからさ、ゆっくり食べな」
「うん!!」
イリスは再度スプーンを手に、そのパフェへと挑み始めた。
経過した時間は1時間。
「一口も残ってない……マジで偉いな!!見直したよ!!」
「えへへ……」
途中色々と溶け、ドロドロとなりながらもイリスはその身に余る程のパフェを平らげたのだ。
イリスは口元をナプキンで拭うと、そのままの手で目を擦った。色々と疲れも溜まっていたのだろう。瞼ももう半分くらい落ちかけていた。
「今日はもう帰るとしようかね」
「うん……」
少女を背負い、会計を終えた垂眼。
机に残されたのは大きな空のパフェの容器。
そして二人の、"嬉しい"の証。
続
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