第2話 強襲
マリンスノー スイート車
見つめ合う少年と少女。
月明かりが差し込むこの部屋だけは静寂に包まれ、時が止まった様な気がした。
だがそれも束の間。
垂眼の後方のドアが何の前触れもなく開いた。
「む……乗客か?」
振り返ればそこには人が一人。
服装も見た目もただの一般乗客の様に見えた。
ただそれが、赫い血の鎧を纏っていること以外は。
「オォォオォォア!!!!」
「おい、聞いてないんですけど!!何が潜入だよ2秒でバレたじゃねえか!!」
彼は即座に立ち上がり右手に剣を創造する。
刃渡り30cmほどの両刃剣。
レギオンが振り下ろす血の刃。
彼はその剣で受け止め、弾き返す。
バランスを崩したレギオンの懐に飛び込み、袈裟懸けに切り上げた。
その一撃でレギオンは動きを止め、完全に血溜まりへと変じた。
「おお、勝てた……」
胸を撫で下ろす垂眼。そんな彼に少女は再度問いかけた。
「あなたも私に、痛いことをするの……?」
「いや、しませんけど……」
即座に答えた垂眼。そもそも彼には何のことかよくわからないといった状況だ。
だが少し目を凝らせば、彼女の顔には繰り返し殴られた様な痣があった。
「てか怪我してんじゃん……大丈夫か?」
しゃがみ込み少女の顔を覗き込む垂眼。
少女はまだ怯えてはいる様だが、少し安心した様な顔を浮かべた。
「私は……大丈夫。だからあなたはここから逃げて……もうすぐ酷いことになる……」
「うん!!……ん?」
思った答えと違い、垂眼は彼女に言葉をかけ直す。
「逆だろ逆!!君がここから逃げないと!!」
少女は少女で思った答えと違ったのか驚いた様子を隠せないでいる。
「それにもう酷い目にあってるよ……来なきゃよかった……」
感情の起伏が激しいというか、彼女が今まで見たことのない人間だったからかどう声をかければいいのか分からなくなっていた。
だがそれでも彼女は伝えなければならないと声を張る。
「そうじゃないの……!!ここにいたら……!!」
その瞬間、少女が目を見開いた。
「んえ?」
そして振り返ればそこには初老の男性の姿が。
男は剣を握り立っている。
その先から滴る赤。それが己のものだと気づいた時、熱を帯びた痛みが走り出した。
「うわ……ずるくない……お前……?俺より……強いくせに……」
傷は深く、その傷口に体の力という力を奪われる。
少年はただただその場にうずくまることしかできなかった。
そして男、ヴァシリオスは垂眼を見下ろし状況を認識する。
「なるほど、UGNか。思ったよりも動きが早い。せいぜい東京の手前で止められる程度だと思っていたが」
ヴァシリオスは垂眼を意に介さず、いや彼への牽制として彼の手を踏みつけながら少女の首に手をかけた。
「だがそれも終わりだ」
そのまま華奢な少女の体を持ち上げ、幾つかの言葉を呟いたのち、少女を殴りつけた。
「うっ……!!」
少女の呻き、頬から涙が滴りカーペットにシミを作っていく。
「お前……まじでやめろ……!!」
少年は彼を止めようとする。
だが傷と手を押さえ付けられたままでは立ち上がることもままならず。
己の弱さを悔い、ただ歯を食いしばることしかできない。
その時、突如水の様なワーディングがマスターレギオンを中心として発生し、瞬く間に広がっていく。
「力が溢れてくる……素晴らしい、この力があれば……!!」
彼がその力を受け笑い声を上げると同時、
「ぐっ……!?」
列車に激震が走った。
ヴァシリオスの体勢は崩れ、その拍子に少女の体が垂眼のすぐそばに転がる。
「……新手か。ならまずはこちらから片付けねばな」
(くっそ……どうせ死んでも蘇れるんだ……)
彼は諦めじとその手に再度剣を創り出す。
痛みで立ち上がれない、力は入らない———はずだった。
(一矢報いてやるぜ!!)
思ったよりも軽くなった体。
彼はヴァシリオスの急所めがけその剣を突き出した。
「っ……!!」
ヴァシリオスは意表を突かれた様だったが、それを難なく回避。垂眼の体は客車の窓に激突する。
だがここで彼は気づく。先程まであったはずの傷が消えていたのだ。
同時に彼女の手が赤に濡れていることにも気づいた。彼女が手を当てていたその場所の傷が癒えていたのだ。
垂眼はそのまま再度剣を構え、彼と剣を交える。
力量の差は明らかだ。
だがそれでも垂眼は決して引かず、傷を負いながらも絶え間なく剣を振るのだ。
「あなたは……ここから逃げて……!!」
「やです!!!!コイツに一発ぶち込むまではなぁ!!」
重ねて放たれる連撃。
ヴァシリオスがそれら全てをいなしたその瞬間、
「っ……!!」
後方のドアが力強く吹き飛ばされた……
—————————————————————
2分前 装甲列車 内部
その女、『時塔マリア』はハッチの前に佇む。
前方に見えるは寝台列車マリンスノー。今まさに人々の知らぬ間に戦場と化したその場所。
「隊長」
そんな彼女に副官、アイシェ・アルトゥウが声をかけてきた。
「あと30分ほどで横浜駅に到着します。予定ではMM地区支部マリンスノーを強制停車させマスターレギオンを包囲、捕縛する作戦となっております。できれば、この装甲列車を使うことなく無事に終わればいいのですが……」
彼女の不安に満ちた言葉。
「そう簡単にはいかないさ」
マリアは静かに、冷静に言葉を返す。
だが何処か優しい口調の言葉はアイシェの緊張をほぐした。
「一般人への被害はどうなっている?」
「はっ、横浜駅周辺1kmを立入禁止区間に指定、現在MM支部所属のUGN職員が封鎖しています。車内については不明であります」
「よろしい」
「ですがMM地区支部所属のイリーガルが1名、フリーランスのイリーガルが1名潜入しており被害は最小限に抑えられるかと」
「……使える奴らであれば良いがな」
「尾張支部長の采配です。きっと間違いはないかと」
「だといいのだが……」
冷たく口にしたマリア。
だがそれは彼女がR災害対応班の隊長が故の性だった。
レネゲイド災害、それは多くの人命を脅かすレネゲイド由来の災害。
かつて家族を奪われた彼女にとってそれは忌むべきもの。そして同時に、決して侮ってはならない強大な敵と言っても過言ではない。
そして彼女らはR災害と認定できなければその強大なる力を使う事さえも許されない。初動では必ず後手を取る事になる。
故に彼女は唯一その初動に対応できる二人を重要だと判断したが故の言葉だった。
「ところで、マスターレギオン所有のエレウシスの秘儀についての情報はあるか」
「いいえ、現在も詳細は不明……ですがマスターレギオンは遺産の力を使い日本でもレネゲイド災害を引き起こすつもりであるのは間違いありません。なんとしても我々で止めましょう」
「ああ、そうだな」
その時、端末からアラートが鳴り響く。
「何だ」
「隊長!!寝台列車マリンスノーでトラブルが発生!!モニターに映します!!」
アイシェはすかさずマリンスノーでの光景をモニターに映し出した。
それはドーム状に広がる『海』としか形容できないワーディングが列車を包み、その中を泳ぐ『四肢を持つ馬面の鯨』の様な怪物が人々を襲う様だ。
「加えて倒れた人々から高レネゲイド反応……襲われた人々がオーヴァードに覚醒……ジャーム化しています……!!」
「チッ……!!面倒な事になった……MM地区支部の奴らは何をやっている……!!」
マリアは己の得物に手をかけながら一歩前へと足を踏み出す。
怒りを隠せぬ様で、その怒気が既に空気へと滲み出ていた。
「これはレネゲイド災害クラス、早急な認定と対処が必要と考えます……!!隊長、宣言を!!」
アイシェの言葉にマリアは小さく頷き、そのまま一気に声を上げた。
「予定を変更し現時点をもって行動を開始する!!」
「了解!!レネゲイド災害緊急対応班マルコ隊長、時塔マリアの非常時権限を以ってマリンスノーで起きている事象を『レネゲイド災害』と認定!!これより作戦を開始します!!」
アイシェも彼女に答える様に声を上げ、そのまま列車を加速させた。
「私は装甲列車を予定通りマリンスノーにぶつけます。隊長はそれに乗じて突入してください」
「ああ、精々上手くやるよ」
ハッチが開き、マリンスノーの距離が近くなっていく。
装甲車の甲板に上がり、目標に視線を定める。
加速する装甲列車の揺れは酷いもので、常人ならば立っていることさえ叶わない。
スピードが増すにつれ近づく最後尾車両と激しくなる揺れ。
『衝突まで3……2……1……』
そしてその距離が0となったその瞬間、
『突入!!』
車体がめり込み車両全体に激震が走った。
反動によって離れるよりも早く跳躍したマリア。
「我ながら無茶なことをするものだ……」
距離にして10mを彼女は跳躍し、そして内部への突入に成功したのだ。
車内は不気味なほど静かで、そこは海、それも深海とも感じ取れた。
「やけに静かだな……だが———」
それでもここは深海ではない。
音が聞こえる。それも剣と剣を交える、戦いの音が。
マリアの剣が赤に染まる。
彼女の血で赤に、その刃渡りは元の倍ともいえるほどに。
そして彼女は剣を、力強く前へと繰り出した。
「悪いが、多少強引に行かせてもらうぞ」
遮るもの全てを切り裂く一刃。
その刃が、二人の戦場を遮る戸さえも容赦なく斬り開いた。
続
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