第1話 出会い

緩やかな速度で走り続ける豪華寝台列車『マリンスノー』。

それは列車とは思えぬほどの広々とした優美な空間と最高峰のサービスを兼ね備えたプラチナチケットの豪華寝台列車。

今それは夜空の下、東京に向けて駆け抜ける陸の豪華客船、走る楽園そのものだ。



だが同時に、轟音に掻き消されながらも車内に響く銃声と金属の叩きつけ合う音。


スイート車に男が2人、彼らは決して心を許すことなく、ただ目の前の敵を斃す為と互いの得物で互いの命に狙いを澄ました。


今、この場所は———

「出でよ……レギオン!!」

「ヴァシリオス……!!」

走る戦場へと化していた。




放たれた銃弾は一つ、また一つと生ける亡者を在るべき血溜まりへと還していく。

されど彼、『黒鉄蒼也』がいくらそれらを屠ろうとも尽きる事はない。

「……やはり、惜しいな」

「何……?」

彼、"マスターレギオン"ヴァシリオス・ガラウスが静かに口を開いた。

「我が精鋭"レギオン"をこうも容易く血へ返すとは"ヌル"、君の実力には感服するよ」

「そいつはどうも……」

「だが、だからこそ信じられない。かつて肩を並べた君が、正義の為に戦った君がこの世界の理不尽を感受している事をな」

彼はその手に持った剣を納め、厳かに口を開いた。


「問おう"ヌル"。君はこの世界の在り様を、人とオーヴァードの間にある不平等をおかしいとは思わないか?」

「…………」

彼は答えず、静かに佇む。

「私達はこの世界では異物だ。人としての最低限の尊厳さえ奪われ、排斥され、利用され、そしていつか この力に飲み込まれ……死ぬ。」

「……ああ、確かにその通りだな」

「私の戦友達もまたそうだった。戦争に利用され、使い潰され、死んだ。だから私はこの不平等を是正せんと戦っている。今は亡き彼等のために……!!」

そして手を差し出した。

「“ヌル”!!私と共に世界を変えるんだ……他ならぬ、君自身のために!!」

かつて肩を並べたあの日と同じように、共に歩む為に。


「……俺も、この世界には辟易している。正しき人が、優しき人が傷つくこの世界にはうんざりだ」

彼もまた己の得物を懐に納め、静かに歩み寄っていく。

そしてあと3歩のところで手を差し出し———加速、

「———が、今の俺は"フルグル"……俺は俺の正義の為、貴様を刈り殺す……!!」

袖口に忍ばせたその刃を、雷と共に一気に繰り出した。


だがその刃は届かず。

「チッ……!!」

虚をついた一撃も大盾のレギオンに阻まれ、その動きを絡めとられた。

「そうか、残念だ」

落胆の一言と共に放たれた赫の一撃。

「っ……!!」

咄嗟に右手でその身を庇うが、吹き飛ばされた体躯が窓を破り外へと放り出される。


射出されたワイヤーは車体に突き刺さり、彼をギリギリのところで繋ぎ止めた。

『マスター、ヤバくないっすか!?』

「アリオン、お前は先に戻り奴の足止めを……!!」

『全く、相棒使いが荒いですなぁ!!』

車内に投げ入れられた黒のペンダント。

それは即座に馬の形へと姿を変え、次々と現れるレギオンを相手取る。

「確かに気配が多いとは思ったが、そういう事だったか」


彼は感心すると同時、背後の異変に気づく。

「隊長」

「ああ、ネズミが紛れ込んだようだな」

ヴァシリオスはそのままアリオンには目もくれず。振り返りその場を立ち去ろうとする。

「待て……ヴァシリオス……!!」

背後から聞こえた声。

それは先ほど外へと放り出された黒鉄の声。

「……私としても血が滾る———が、」

振り返る事なく彼は手を掲げ、そして地に叩きつけた。

「来い……死の果ての、その先にいる者達

よ……!!」

彼の言葉と共に再度赤に塗れたレギオンが黒鉄達の前に立ち塞がるように現れたのだ。

「すまないがここまでだ。私にはやらなければならない事があるのでな」

「待て……っ!!」

彼を追おうと加速するが、再度大盾のレギオンにより遮られた。

「時間稼ぎは任せたぞ、ナタリア」

「了解です、隊長」


シールドバッシュにより弾かれた黒鉄。

無数の尖兵がその隙にと彼らに群がっていく。

『マスター!!』

「チッ……さっさと片付けて向かうぞ……!!』

そして再度、

「血へと還れ……亡者の尖兵共……!!」

蒼雷が瞬いた……


—————————————————————


夜空を舞う黒いヘリコプター。

その中からでもマリンスノーで起きている戦闘のことは大体見て取れた。

『聞こえるか。こちらマルコ班、マリアだ』

女性の声が聞こえた。

「感度良好。またマスターレギオンが交戦開始したのを確認しました」

『よし、所定通りに頼んだぞ』

「了解です」

切れた通信。パイロットが速やかに走る列車の側部に機体を付けた。


そして今、ドアが開けられる。

「よし坊主、こっからは頼んだぜ」

「今更なんすけど、なんで俺なんですかね……」

少年、『内藤垂眼』は足を震わせながら淵に立つ。

「MM地区支部長殿の直々の推薦だとよ。安心しろ俺たちオーヴァードはそう簡単にゃあ死なねえし、万が一の時は拾ってやるから」

「え、マジっすか。でも俺すでにここから飛ぶのも怖いんすけど」

「いいから行けって!!」

「っとおおおお!?」

背中を蹴り出された少年。

幸い彼も反射的に力強く前へと飛んだ為、最適な距離で列車には届くことに成功した。

「いってえ……」

ただ、想定よりも派手に侵入する事となったが。


硝子の破片を撒き散らしながら車両内部へと突入した垂眼。そこは寝台列車のスイート車。

誰が寝た痕跡さえもない、整えられたままのベッドが二つ。


そして彼の目の前には、頰を涙で濡らした少女が一人。

白藍の髪に青色のワンピース、レースで編まれた白のチョーカー身に付け、深海の様な青色の瞳を彼に向ける。

月明かりに照らされた少女が、少年の目には綺麗に見えた。


「あ、あなたは……?」

声を震わせ怯えながらも問いかけた少女。

少年はほんの少し見惚れながら、静かに答えた。

「俺は内藤垂眼……ただの垂眼だよ」


少年と少女は出会う。

それは彼らの未来を変える、全ての始まり。


そしてエレウシスの秘儀を巡る彼らの戦いが、今幕を開けた……


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