異端少女らは異世界にて

すめらぎ ひよこ

異世界の現実

異世界へ

第1話 人選を間違った異世界の女神(1)

「殺せ殺せ、皆殺しだ! 一人残らず首をねろ! 身包み全部引っぺがして金目のものは全部奪え!」


 野蛮な声が響き渡り、遠くでは命乞いが次々と途絶えていく。


 剣と魔法のファンタジー世界での最初の敵と言えば、スライムかゴブリンのような雑魚モンスターがお決まりであるが、実際はそうもいかない。ホムラたちが異世界に転生して最初に出会った敵は、同じ人間――盗賊団だった。


 荒事が済むまで馬車の影に隠れる。戦うことの出来ない者は、息を潜めることしか出来ない。そうしているうちにも、死体は増えていく。


 どうしてこうなったのか。時は少し前までさかのぼる。


 * * *


 果てなく広がる純白の空間。気が付くとそこにいた。


「……ん、あれ? ここ、どこ?」


 片方の目を赤みがかった髪で隠した少女が、辺りを見渡す。


 あまりにも白く、壁や天井があるのかすら分からない。床があることだけは、足から伝わる硬い感触が教えてくれる。遠近感と平衡感覚が狂ってしまうような場所だが、しっかりと足で立っているのが不思議だった。


 もしかすると、ここが天国というところなのだろうか。少女は自分の頭を撫でた。血は出ていないし、頭も割れていない。かといって、あの浮遊感と逆さまに映る校舎はしっかりと脳に焼き付いている。


 少女がほかに四人、その空間に立っている。それぞれ違う制服を着ており、体格からすると、全員中学生か高校生のように見える。ただ、容姿が少々普通ではない。


「ああ? 地獄のエントランスにしては綺麗だな。清掃中か?」


 その場で一番派手な少女が、粗野な口振りで言った。どうやら地獄に落ちる自覚があるらしい。ということは、ここは天国ではないのかもしれない。


 雑に纏められた短めのボサボサ髪は金色だったが、日本人離れした顔立ちからすると地毛だろう。だが、金髪であることなどどうでもよくなるくらい、目を引く恰好をしていた。


 まず、地味な黒縁眼鏡が掛けられた耳はピアスだらけだった。攻撃力の高そうな棘状のピアス。そして、制服の首元からは黒一色の刺青いれずみを覗かせている。何故か着ている白衣のポケットに手を突っ込み、足も黒タイツで覆われている。肌はほどんど見えないが、全身に刺青があるような気がしてならない。


 見た目で人を判断するなと教えられてきたが、これは見た目で判断してもいいような気がする。危ない人だ。絶対危ない人だ。


 推定危険人物に戦々恐々としていると、澄んだ声が耳に届いた。


「ここは地獄でも天国でもありません。ですが、現世と隔絶された場所ということには変わりはありません。あなた方は既に死んでしまっているのですから」


 少女たちの疑問に答えたのは、いつの間にかそこにいた六人目の少女だった。編み込みのあるブロンドの髪と空色の目が美しく、ゆったりとした白いローブを着ている。見た目に反して、大人びた口調と雰囲気。可愛い。


「じゃあなんだ、お前は死後の世界の案内人か?」


 ピアス少女が食いついた。物怖じしないタイプなのか、唐突に現れた少女に対しても、自分たちが既に死んでいるということに対しても動じていなかった。


 続く急展開に困惑しているのが自分ともう一人、この場で一番小柄で病的なまでに色白な少女。残りはどっしりと構えている。どうしてこの状況で落ち着いていられるのか。


「いいえ、私はこの世界を創った神です。といっても、あなたたちがいた世界とは異なる世界の、ですが」


 何を言っているんだろう。


 いよいよアホらしくなったのか、ピアス少女は嘆息しながら、足を投げ出して地べたに座った。体を支えるために床についた手に、刺青が彫られているのが見えた。


「んで、その異世界の神様とやらがアタシに――アタシらに何の用だ?」


 理解は追いつかないが、とりあえず話を進めようということなのか、ピアス少女は投げやり気味に疑問をぶつける。


 女神は一度息を整え、全員をしかと見つめて言った。


「私たちの世界を、魔王の手から救ってください。そのためにあなた方を呼んだのです」


 おそらく、全員の思考が一時停止した。それでも女神は話を続ける。


「私たちの世界は今、強大な悪――魔王に支配されつつあります。あなた方のような普通の女の子たちにこのようなことを頼むのは心苦しいのですが、どうか世界を救ってはくれませんか?」


 女神の声には、懇願の色が滲んでいた。どういう状況なのか未だに理解出来ていないが、その思いが本物だということは理解出来た。だが、それでも真に受けないものもいた。


「なんだこのチープな展開……B級映画かよ」

「異世界転生ですから、どっちかというとライトノベルじゃないですかね……」


 今流行りの異世界転生もののような展開だったので、思わず口を挟んでしまった。


「まあどっちでもいいが、『普通の女の子』のアタシには荷が重いな。ほか当たってくれ。異世界の住人がどうなろうとどうでもいいしな」

「そう……ですよね……」


 女神は目を伏せた。どうにかしてあげたい気持ちはあるが、荷が重いのも確かだった。ただの女子高生に救世を願われても、どうしていいのか分からない。


 それでも、ピアス少女のあまりの言い草に何か言ってやりたい気持ちはあった。だが、口を挟んだのは別の少女だった。


「ほう、自分が『普通の女の子』とな? 目を見れば分かる。見慣れた目だ。お主、人を人と思わぬ外道であろう。見たところ科学者のようだが、これまでに何人使?」


 今まで腕を組んで黙っていた少女だった。切れ長の目と後頭部でまとめたつややかな長髪が特徴的な、少し長身の少女。時代劇のような口調で、腰には何やら刀のようなものが下げられている。今はその鋭い目で、ピアス少女を射殺さんばかりに睨んでいる。


 殺気というものを初めて感じた。空気が痛いほどに張り詰める。


「なんだ、サムライガール。使い潰して何が悪い。そっちこそクズと断じた人間を人間として見てないだろ。……お前、今までに何人斬った?」


 ゆらりと立ちあがり、睨み返す。


 使い潰したとか、何人斬ったとか、一体何の話をしているのだろうか。ただ分かるのは、それが日本の暗闇の部分だということだけ。


「いちいち数えてはおらんが……今、一人増える」


 そう言うと、腰に下げていたそれを抜いた。鈍い光を放つそれは、紛れもなく日本刀だった。


 殺気と嫌悪がぶつかる。この場にいるだけで張り詰めた空気に押しつぶされそうになる。


 二人が怖いからか、小柄な少女が後ろに隠れてきた。一方もう一人、奇妙なヘッドホンのようなものを着けた少女は、微動だにしていない。落ち着いているにもほどがある。


 今にも死人が出そうな事態になってようやく、女神は自分の過ちに気付いた。


「あの……もしかして私、やっちゃいました?」

「そりゃあもう、盛大に……」


 集められた五人。少なくとも二人は『普通の女の子』などという、溌剌はつらつ可憐な存在とは程遠かった。それはまさに少女の皮を被った『危険』そのもの。一寸たりとも疑う余地のない人選ミスだった。

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