つきまとってくる男

「もうやだ、またついて来てるわ…」

テレビでの収録を終えた私は、

後ろの方でとぼとぼとついて来るあいつの姿を見つけて、

思わず歩くスピードを早めた。


「テレビに出るようになったかしら…人気アイドルも辛いものね。」

有名になった反動だろうか、最近になって私につきまとってくる男が現れた。

パッとしない幸の薄そうな顔つきで、見た目も中肉中背。


「もう、なんで追いついているのよ。」

さっきから歩くスピードを上げているのに、

何度振り返っても男との距離を一向にひき離せていない。

「見ていない間に私と同じスピードで追いかけているのかしら。」

疲れもあってか、歩調を早める私の息は少しずつ上がっていくのに、

あっちは全然様子が変わっていない。

ただ下を見つめてトボトボ歩いているだけ。なんだか気持ち悪い。


しかもこの男、これといった実害を与えてくるわけでなく、

私が家の近くに着く頃にはいつの間にか消えている。

ニヤニヤ見つめてきたり、いきなり近寄ってくるわけではないから、

そのあたりはまだマシなんだろうけど、それでもやっぱり気味がわるい。

「明日はマネージャーに家まで送ってもらおうかしら…」


そうして次の日、私はマネージャーと一緒に帰ることにした。

「珍しいね。僕と一緒に帰って欲しいなんて。」

「最近ずっとつきまとってくる男がいて気味がわるいのよ。

今も向こうの柱の影に立ってるわ。」

「ええ、なんだって。それはいけない。

君は今や飛ぶ鳥を落とす勢いで人気急上昇中の新人アイドルなんだ。

変なストーカーまがいのに絡まれたら大変だ、

ここらでちょっとタクシーを拾おうか。

それなら向こうも追いつけないだろうから。」

「ええ…そうね。」


私はマネージャーとタクシーに乗った。

流れる車窓の風景を見ながら、私はほっと一息ついた。

私とマネージャーを乗せたタクシーは小一時間走り、

とうとう私の家の前に着いた。


「これでもう安心だな。

そのつきまっとてくる男ってのも、ここまではこれまい。」

「そうね…って、嘘でしょ、なんでいるの…」

私は少し向こうの柱のそばで、

あいも変わらず立っている男を見つけて唖然とした。

「ええ、なんだって。そいつはどこだ、どこにいるんだ。」

「なんで見えないのよ、あそこよ。」

「ううん、僕には見えないな。あの木のところかい?」

「そこじゃないわ、もう…いいわ。こうなったら直接聞いてやるわ。」

「あっ待ってダメだよそんなの…」

静止するマネージャーを振り切って私は男に近づいた。


「ねえあなた、最近私をつけてまわってるでしょ。

気持ち悪いからやめてよ、お願いだから。」

冴えない男はゆっくりと目線をあげると私の目を見て言う。

「本当にそれで、良いんですね?後悔しませんか?」

「何言ってるの、頭がおかしいんじゃないの。良いに決まってるわ。」

「そうですか、わかりましたよ。因みにあなた。

私が何者か知っていますか。」

「さぁ。そこらへんのファンの人でしょ。」


「違いますよ。まぁ、なんと言うか。

ついている人にしか見えない守護霊みたいなもんです。

これという人を見つけて、売れっ子になるお手伝いをしているんです。

テレビで人気絶好調のあの人やこの人、

どれもみんな私がついていたおかげで売れたわけです。

現に貴女のことも応援していたので、

こうして今人気が急上昇しているわけで。

ただ、それをお望みでない様なので、

他の方を応援しに行きます。では。」


私はハッとした。

自分でもびっくりするほどにこのところ売れて来ていたので、

何かおかしいと思っていたのだ。

「貴方のおかげだったのね。ごめんなさい。

謝るから行かないでちょうだい…」

「もう遅いですよ。こう見えても、案外忙しいので。」

「そんな、待って…」

男は軽く会釈すると、私の前から霧のように姿を消してしまった。


項垂れる私のところに、マネージャーが追いついてやって来た。

「大変だ、この後決まっていた仕事先から

どんどんキャンセルの電話が来ている。

どれも理由はバラバラだが、

こうも重なるなんて全く訳がわからないよ…」

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