みんなが保安官

ガチャン、と大きな音を立てて牢屋の鍵が閉められた。

「本当にいいのか。こんなことして。」

村の保安官は不服そうに村長たちを睨みつけた。


「村に一人しかいない保安官が、

あろうことか悪事を見逃したのだからな。当たり前だ。」

「でもあいつらにもあいつらなりの理由が…」

「黙れ。村の平和を守るためにお前を選任したんだ。

これ以上惨めな言い訳をするな。」

村長は捕まった保安官を一喝すると、他の若い衆を引き連れて去っていった。


心配顔の若い衆たちは口々に村長に言う。

「いいんですか、村に一人しかいない保安官だったんですよ。」

「誰が村の平和を守るんですか。」

「これからいったいどうすれば」

静止するように村長はなだめる。


「いいか、実は前々から考えていた案がある。

新しいルールを作るのだ。

これからは村のもの全員、すなわちみんなが保安官となる。」

「どう言うことですか。」

「相互を監視し合って、互いに取り締まり合うのだ。

悪事を見つけたものは各々で忠告し合い最悪の場合は捕らえ合う。」

「なるほど、保安官の権力をみんなに分散することで不正をなくすんですね。」

「その通りだ。これで理想の村へと近づく。」


そうして村には相互監視のルールが追加された。

その成果は素晴らしかった。

村の中では常にほどよい緊張感が生まれ、皆が自分を律するようになった。

小さな犯罪は減り、トラブルも減った。

全ては順調に思えたが、ある時から保安官の大義を振りかざすものが現れ出した。

過剰に他人の会話ややりとりを監視し、

他の村人の暮らしに干渉しだすものさえも現れるようになった。

己の職権を降り回す暇な輩が現れはじめたことで、

村には余計な争いや混乱が生まれる様になった。


「おい、今の取引、見たところ怪しいぞ。平等な交換内容じゃない。」

「前回のツケがあったんだ、互いに納得してるんだからほっといてくれ。」

「いやそうもいかない。もしこれが賄賂だったらと言うこともある。

その前回のツケを証明するものはあるのか。」

「そんなものないよ、口約束なのだから。もう勘弁してくれ…」

「いいや、ダメだな。

最近お前の家の中を調べさせてもらったが、

随分と食事の蓄えもあったじゃないか。」

「おい待て。勝手に私の家に入ったのか。」

「俺は保安官だからな。疑わしい箇所は調べる権利がある。」

「それだったら私だって保安官のはずだ。

こんなの許せない。プライバシーの侵害だ。」

「なんだ逮捕するのか?やってみろ。

こっちだって不当逮捕で逮捕仕返してやるからな。」


いつしか村人は互いを避け合い、会話や触れ合いも減っていくようになった。

皆家の中に閉じ籠りあらぬ疑いをかけられないように息を潜めて過ごした。

誰もいなくなり、手入れもされなくなった荒れた村の広場を見ながら、

長老はため息をついた。

「まさかこんなことになってしまうとは。

公平に皆に権力を持たせただけなのに。」


村長は牢屋の中のかつての保安官を見た。

「一人に権力を持たせると不正の見逃しが起こり、

全ての悪事を取り締まることはできない。

かといって皆に権力を持たせると大義を振りかざし合い混乱が生まれる。

いやはやこの先どうしたものか…」

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