第02話】-(孤独と

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

フルーヴ・男性〉主人公の魔法の先生

──────────


(紬/イトア視点)


 夕食を終えた私はあまり遠くに行かないことを約束に、ルノンさんの家の周辺を散歩させてもらうことにした。


 心配するカナタを余所よそに私は一人でルノンさんの自宅を出る。儚雪スノー・ノエルを具現化し、そのあかりを頼りにふらふらとおもむくままに歩いていた。


 明かり一つない森の中は真っ暗で空を見上げると満点の星が静かに輝いていた。王都にいると夜でも街明かりでこんなに星が見えることはなかった。私はついうっとり見惚れてしまう。


 それにルノンさんの魔法のお陰で周辺には魔物がいないと教えてもらっていたので私は安心して散策することが出来た。こうして歩いていると、ここが異世界だという事をついつい忘れてしまう。それ程までにこの森の景色は現実世界と似ていた。


 森の中を進んでいると大木が横に倒れ座れそうな場所を見つけた。私はそこに腰をかけ瞳を閉じ夜の空気を感じていた。


 そしてゆっくりとまぶたを開ける。この数か月で様々なことが起きた。内心は少し心が疲れていた。


 リミット解除の力──。

 恋の成就じょうじゅ──。

 一年の異世界での滞在の延長──。


 特に私にとっては初めての感情だった、恋。私の年齢なら一番興味を引く事柄ではないだろうか。普通ならこんな時、恋心に浮かれているのかもしれない。けれどそれよりも私の心を占領していたのは計り知れない孤独感だった。


 ふと気を抜くと頭の中が真っ暗闇に覆いつくされてしまう恐怖に襲われる。それはまるで水の上に一滴の黒い絵の具の雫が落ちて真っ黒になってしまうように。


 この原因は分かっていた。リミット解除という大きな力を持つという事がこんなにも孤独なのかと今頃になって実感していたのだ。


 右手の手のひらを星空に向かってかかげる。リミット解除だけでも凄いことなのに、今の私は願えばそれ以上の力も手に入れる事が出来てしまう。


 きっと私は悲しい顔をしていることだろう。皆の前では決して見せてはいけない表情。だって心配をかけてしまうから。


 ──不変ふへんなんて言葉は存在しない。


 私は最後には現実世界に帰ると決めている。私が帰る場所はそこだと思っている。この恋だってやがて終わりを迎えるだろう。


 ──始まりと終わりは一緒の意味だ。


 この手に入れてしまった力も最後はどんな終わりを迎えるのだろうか。手のひらの形だけ星が見えない。まるでこの手のひらが闇の様に見える。


「大きな力……持つ事って……孤独でしょ?」


 気が付くと私の近くでフルーヴの声が聞こえた。いつも思うけれどフルーヴの気配はいつも感じることが出来ない。急に話しかけられて少し驚いてしまう。


 きっとフルーヴは一人で出ていった私を心配して来てくれたんだろう。フルーヴは私が心寂しい時に何故かふっと現れる事がある。言葉には出さないけれど私の事をよく見てくれているんだな──そう思うと心に灯りがともる。


 けれど何より驚いたのは私の心の言葉が聞こえたかのような返答を返してくれたこと。もしかすると私の心の声が言葉に出ていたのだろうか。


「僕も……そんな時期……あったよ」


 私が言葉を発する前にフルーヴは言葉をつらねた。私は右手を降ろすと下を向き自分の手のひらを見つめる。自分の長髪が手のひらにかかる。夜風が私をなぐさめるようにそっと吹いてくる。そして正直に打ち明けた。


「怖いです。常に自分と戦っているようで。気を抜いたら取り込まれそうで」


─────


「前にも言ったけど、僕の傷はそれの成れの果てだよ。そんな時は僕の傷を思い出すといいよ」


─────


「──え⁉」


 私は瞠目どうもくした。

 フルーヴの口調がいつもと違う。私の疑問にフルーヴが真実を語ってくれる。


「僕は……僕を作っている。他人と関わることが怖いんだ。壊してしまいそうで。もちろん先生はこの事も知ってるよ。それでもそんな僕を受け入れてくれている」


 フルーヴの方に振り向くと彼は手を後ろに回し静かにたたずんでいた。その横顔はフードを脱ぎ夜風に吹かれている。彼の視線ははるか遠くを見通していた。私は思わず聞いてしまった。何故怖いのか、壊してしまいそうだと言ったのか。


「どうしてですか?」

「僕は自分のリミット解除を先生から基本的に禁止されている。まだ完全に制御出来ないんだ」


 私はこの衝撃的な告白に言葉を失った。

 あのフルーヴが自分のリミット解除を制御できていない⁉

 私よりもはるかに優れている魔法使いメイジなのに。

 とてもすぐには受け入れがたい一言だった。


「だからイトアは凄いと思うよ。ちゃんと制御出来ているし、自分に自信を持っていいんだよ」


 それに──と続ける。


「これは同じ立場じゃないと分からないから」


 私はフルーヴから視線を横に流しただうなずくことしか出来ず。


「そんな時は僕のところに来たらいいよ。何もしてあげられないかもしれないけど、理解してくれる人がいるだけで違うと思うから。まあ、イトアはカナタの方に行くんだろうけど」


 フルーヴは色恋いろこいに全く関心がなかったと思っていたので動揺が表に出てしまった。一瞬目が揺らぐ。その様子を見てフルーヴが悪戯いたずらに微笑む。


「言ったでしょ? 僕は僕を作っているって。イトアと先生の前だけだよ。本当の僕を見せるのは。だってイトアは僕の可愛い弟子なんだから」


 その言葉に思わず涙ぐんでしまう。


 自分に自信を持っていい、と言ってもらえて心が軽くなった気がした。自分の心のよりどころを指し示してくれたことにとてつもない安堵あんど感を与えてくれた。やっぱり私にとってフルーヴは間違えなく師匠に値する大きな存在だ。


「ありがとうございます」


 私は涙を見せないように失礼かもしれないと思いながらもうつむきお礼を述べた。するとふわっと頭に温かい感触が触れてくる。いつものフルーヴの手のひらだ。


「まずイトアはその泣き虫なところを直さなくちゃだね。これから辛いことだって沢山あるだろうからそんなに泣いていたら僕、心配になっちゃうよ」

「……はい」


 私は涙をぬぐいフルーヴの顔を見上げた。彼は優しい眼差しでうなずいてくれた。


(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る