第11話】-(秘密の三日間

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

エテル・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

その他ギルメン〉カナタ

──────────


(紬/イトア視点 続き)


「男は変なところでプライドが高いからね。彼をかばうのは不本意だけれど、好きな人に身をていして守られた事が情けなく思ったんだろうね」


「まあ、単なる八つ当たりだよ。まだまだ子供っぽい所があるからねカナタには」


 私が理解出来なかった男心を教えてくれる。私は涙でぐしゃぐしゃになった顔を見せるのが恥ずかしくて終始、うつむいていた。エテルはそれを察しハンカチを取り出すと黙って優しく涙をぬぐってくれた。


 そして私が顔を上げるとエテルは表情を緩め。


「イトア、君はもう充分強いよ。僕だって始めは抵抗が無かったわけじゃない。でも沢山努力してきた姿をみてきたからね」


 一呼吸置くと彼は「頼りになる仲間の一人だよ」と答えてくれた。


「まぁ、僕としては妻となる人が危ない場所に行かれる事自体本当は心配なんだけれど」


 私が返答に困る言葉をいつもの調子でつらねながら。


「でも、君の生き方は嫌いじゃないんだ」


 私はエテルと瞳を重ねた。初めて聞くエテルの本音に驚いた。私の事をそんな風に見ていてくれていたなんて。けれど次の瞬間にはいつものエテル節に戻る。


「だけどもし、次に命を落とすようなことがあれば無理やりにでもここにつれてくるからね」

「──⁉」


 エテルは私が泣き出してから片手で私の肩を引き寄せ温かい体温を送り続けてくれた。そこには下心なんてない程紳士的だった。ただ寄り添っていてくれている。私の気持ちに気が付いたのかエテルがあきれた顔をして。


「イトア、僕だって場をわきまえるよ。全くイトアに僕がどんな風に映っているのやら」


 ひたいに手をあて、天をあおぐ。私はなんだかこの光景にホッとしてしまい、初めて城にきて少し微笑んだ。


「ごめんなさい」


 それをみて安心したのかエテルはその場を離れようとした。既に窓の外は暗くなっている。


「もうこんな時間だ。僕は行くね。今日はゆっくり休むんだよ」

「はい」


 するとエテルは私に近づくと私の前髪を軽く上げひたいに唇を当てる。


「──わっ⁉」


 私は瞬時に頬を染め、その口づけされたひたいに手を当てた。


「これは王族の挨拶だから」


 エテルが私にウインクを送る。

 嘘だとすぐに分かった。

 彼もまたしたたかだ。


「う……」


─────


 エテルがいなくなった部屋で私は一人、エテルの部屋のベッド横になっていた。いつあるじが帰ってきてもいいようにそのシーツは洗い立ての良い香りがした。


 何度も寝返りを打つ。


 心がそわそわしてなかなか寝付くこと出来なかった。眠ることを諦めた私はベッドから降りると窓辺に行き、そこから見える景色を眺める。


 窓からは街が一望できた。


 家の窓からの明かり、街灯の明かり、夜空の明かり、とても綺麗だった。城の人は毎日この景色を見ているんだ……。


 私の目にはとても平和で穏やかな街に見えた。冒険者として私もこの綺麗な光に少しでも貢献こうけんできているのだろうか。


 私は感覚が無くなった小指を左手で握りしめる。カナタには怒られたけれど、あの時助けなかったら私は絶対に後悔していたと思う。それなのにこんなにも胸が苦しいのは何故だろう。


 拒絶されたから?


 窓に向かって頭を預け瞳を閉じる。そのままずるずると頭をこすりながら私はうずくまっていった。


─────


 それから私は三日間、拠点ホームに帰らなかった。というより正確には病み上がりで全力疾走したことで次の日から熱を出してしまいそのままエテルの部屋で休ませてもらっていた。それは現実世界でも同じで、私は学校を休み熱にうなされていた。


 うう……情けない。


 私は体温計を口に含み天蓋てんがい付きのベッドの天井を見つめていた。計り終わると王宮付きの医師に体温計を渡す。するとその先生は穏やかな表情で。


「だいぶ熱も下がってきましたね。明日にはお帰りになっても大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 私は恐縮しながらお礼を口にする。ギルドでは、エテルがカルドに上手に伝えてくれたおかげと私の指のこともあり少しお休みを貰えることになっていた。


 忙しい中エテルは毎日会いに来てくれた。それは深夜の時もあるし、日中の討伐の合間の時も。きっと私の分まで討伐に行ってくれているんじゃないかと思うと心配になった。


 ──その日の夜。


 私は起き上がってもふらつくこともないくらい回復していた。窓辺に立ち城から見える夜景を見ているとコンコンと扉をノックする音。扉を開けるとエテルが立っていた。時間は深夜の十二時を過ぎていた。


「やっぱり起きてた。ホットミルクを持ってきたよ。僕も眠れない時は飲んでいたんだ。まあ、子供の頃だけど」

「子供ですか……」


 私を完全に子供扱いしている。あははと苦笑いを浮かべる。


「医師から聞いたよ。明日には帰れるそうだね。良かった。でも僕としてはちょっと寂しいけど」

「え?」


 私が首をかしげているとエテルは何故か微笑む。

 そして思いもよらない一言が告げられた。


「だってイトアが熱を出していた三日間毎日一緒に寝てたじゃないか」

「──へ⁉」


 私は言われた事が理解出来ずポカンとしていると、エテルが話しを続ける。


「イトアは覚えていないかもしれないけれど、一日目の夜、僕が夜に見に行ったらイトアが僕の服のそでつかんで離してくれなかったんだよ?」

「え……え?」


 確かに意識が朦朧もうろうとしていたけれど、自分がそんな事をしただなんて……。

 しかも三日も一緒に眠る……?。

 私の中で妄想がどんどん膨らんでいく。

 次の瞬間には顔が青ざめていく私を見たエテルはまたしても深い溜息ためいきをつくと。


「イトア……また僕の事疑ってるね。僕は病人を襲うような真似はしないよ……」

「あ、えーと……」


 私は不埒ふらちな事を考えていた事を見透かされた恥ずかしさと、知らぬ間に一緒に寝ていた恥ずかしさで目を泳がせる。

 でもクスリとエテルは笑う。


「イトアは背中から抱きしめられるのが好きなんだね。安心して寝息ねいきを立ててたよ」

「わわっ──⁉」


 私は大赤面をし肩を飛び上がらせた。

 でも……今思い返すと、熱にうなされてる時、背中から温かいというかなんだか安堵感あんどかんは感じていたように思う。私は、只只ただただ、頬を染める事しか出来なかった。


─────


 頬の熱も収まり、私が窓の外を見ていたことに気が付いたのか。


「ここの景色、綺麗だろう?」


 窓に視線を向けたエテルが問う。


「ここから見るとまた街が全然違って見えますね。王族の人はこの景色を見ているんですね」


 エテルはテーブルにホットミルクを置く。

 そして二人で窓辺に立つと。


「うーん。まあね。この景色だけみていたら平和ボケするというか」


 エテルの横顔が複雑な表情をしている。

 私は今まで疑問に思っていた質問を尋ねてみた。


「どうしてエテルは冒険者になったんですか?」

「え⁉ そうだなあ……イトア、こういう場所に生まれたからって皆がここの生活に馴染なじむわけじゃないんだよ。まあ、僕は変人なのかもね」


 エテルはニコリと私に微笑んだ。なんだか上手にはぐらかされた気がする。でも一瞬悲しい表情を見せたのを私は見逃さなかった。


 一番に頭に浮かんだのは、フルミネさんとの会話。雨の森で初めて会った時、まるで冒険者になることが分かっていたかのようなフルミネさんのあの口ぶり。


 これはきっとエテルとフルミネさん二人だけの大切な思い出なのかもしれない。私はそれ以上、追及ついきゅうするのをやめた。


「この部屋からの景色が城の中でも特に綺麗なんだよ。部屋のあるじはなかなか戻らないっていうのに皮肉なものだよね。ここならイトアの心も少しは和むかなと思って」

「エテル……」


 何気ない優しさに心が潤っていく。


「ごめんなさい……私が熱を出してしまったばっかりにこんなに居座ってしまって。それに素敵なお花、毎日ありがとうございます」


 そう、毎朝私が起きると花瓶に飾られた花束が一つずつ増えていっていた。


「そんなの気にしなくていいよ。それにその花の主はトゥエルからだよ」


(続く)

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