8 リミット解除の特訓 [全5話]

第01話】リミット解除の特訓

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

ギルメン〉フルーヴ、エテル、ユラ、他

ルノン・女性〉フルーヴの魔法の師匠

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「イトア、寂しくなったらいつでも帰ってくるんだよ。毎日手紙を書くからね」



 エテルはまるで今生こんじょうの別れのような瞳をして私の手を両手でぎゅっと握ってきてくれた。「あはは……はい、頑張ります」と私は笑顔で返しながらその手をそっと離していく。



大袈裟おおげさなんだよ。少しの間、いないだけだろうが」



 ユラは頭の後ろで腕を組み扉に寄りかかり、あきれた顔で横目でエテルの様子を見ていた。一方カナタは「いってらっしゃい」とだけ私に告げる。だって現実世界で毎日会うことができるのだから。悲しむエテルに優越感すら覚えているかもしれない。



「私以外に無詠唱むえいしょうが使えるなんて気に入りませんわ。さっさと終わらせて帰っていらっしゃい」



 腕を組みトゥエルは「ふんっ」と鼻を鳴らす。それでも見送りに来てくれていた。私達は宿舎の入り口、大きな扉の前で会話を交わしていた。私はこの手厚いというか独特な歓送かんそうを受けてフルーヴと共に彼の先生の元へ向かうことに。


 といっても場所はとても近くて、今私がお世話になっているギルドが拠点としている王都の隣町。シャルールという名前の街だった。


 半日も馬車に揺られるとあっという間に着いてしまう。宿舎から通っても良かったのだけれど、フルーヴの先生のご厚意で宿泊させてもらうことになっていた。


─────


 到着してみるとそこは、周囲を山に囲まれ、王都に比べると広大な田畑が広がるのどかな小さな街だった。私は馬車から降りると「うーん」と大きく背伸びする。



「あなたがイトアちゃんね。私がフルーヴの一応、師匠のルノンよ。よろしくねっ」



 街の入口でフルーヴの先生であるルノンさんが私達を出迎えてくれた。フルーヴが事前に手紙を送ってくれていたお陰ですんなりと話が進んでいく。ルノンさんは自己紹介を済ますと私の手をぶんぶんと上下に大きく揺らし握手してきた。


 何故「一応」と添えたのか、何だかふたを開けてはいけない気がして私は流した。



「よ、よろしくお願いします⁉」



 私はその勢いに負けて首ごと上下に持っていかれながら挨拶を返す。


 なんというか、彼女は私が想像したイメージとは大いに違い明るく豪快な人に見えた。年齢は二十代前半くらいだろうか。私やフルーヴより年上だということは分かる。


 肩より少し短い艶のある茶色の髪を揺らし、黒柿色くろがきいろの瞳で興味深そうに私の瞳をのぞいてきた。膝丈のワンピース姿の彼女は一見すると町娘に見間違う程だった。


 はっきり言ってしまえば魔法の先生とは縁遠いそんな雰囲気の風貌ふうぼう。フルーヴの師匠というくらいだから彼には非常に失礼だと思うけれどちょっと気難しい人なのかな、なんて勝手に思ってしまっていたのだ。


 拍子抜けする私を余所よそにルノンさんは久しぶりに会うフルーヴに声を掛けていた。



「君に弟子が出来るなんて私も年をとったのね」

 今度はフルーヴの頭をガシガシと撫で頭をぐちゃぐちゃにする。


「先生……やめて」

 頬を赤く染めるフルーヴ。



 私もフルーヴの素性すじょうを知ったことから街に着くとフルーヴはフードを脱いでいた。これまではフード越しの彼しか知らなかっただけに、こうした小さな表情の変化の一つ一つがとても新鮮に思えた。


 ルノンさんにたじたじのフルーヴ。二人の様子を見てクスリと私は笑みを零す。



「それにしても、リミット付なんてフルーヴ、君ってやつは……これも贖罪しょくざいなのかね」



 眉を下げ苦笑いを浮かべるルノンさんはフルーヴに意味ありげな言葉をつないだ。それに対してフルーヴは「うん」と小さくうなずく。あのフルーヴの顔に深く刻まれた傷。私が触れてはいけないと感じた。


 一瞬曇った空気になるも一変してルノンさんは「今日は疲れただろうから明日から始めましょう」と、自分の家に招いてくれた。


─────


 ルノンさんの自宅は、街から離れた山間やまあいの中にポツンと立っていた。


 恐らく三人くらいは余裕で暮らせそうな広いログハウス調の家に一人で住んでいるらしい。その遠い道のりまでルノンさんの転送魔法で瞬時に私達は移動した。その姿を見て彼女が魔法使いであることを実感させられる。


 しかも家が建っている山一つがルノンさんの所有物だというのだから。私はポカンと口を開けて周辺を見渡していた。私が呆気あっけに取られていると、「ここなら魔法も好き放題使って大丈夫だから」とルノンさんは豪快に笑う。


 家の中に入ると心地よい木の香りが漂い、とても落ち着いた雰囲気の内装になっていた。私達が住む現実世界にはあまり見られないけれど、この世界では暖炉はどの家にも標準装備されている程に当たり前に存在している。異世界は日中は初夏を思わせる暑さがあるものの、朝晩の気温は一気にさがり肌寒かった。


 木目調の家具が取り揃えられ、観葉植物があったり、窓辺には小さな鉢の中に可愛らしい花が綻んでいる。女性らしい柔らかい空気が流れていた。


 私とフルーヴは二階にある客室を借りて宿泊させてもらうことに。部屋に通され窓からの景色を見ると山の向こう側に小さく街が見えた。自分の荷物を部屋に置くと一階に降りる。


 そしてテーブルに三人で座ると飲み物を囲みフルーヴの修行時代の話しを少し聞かせてもらうことが出来た。


 どうも今でこそ大人しくて無口なフルーヴだけれど、当時のフルーヴは弟子の中でも一番手間のかかるやんちゃ者だったとルノンさんが明かしてくれた。


 大暴露されてまたしてもフルーヴが赤面している姿を見ながら私達は笑いあった。こうして思い出話に花を咲かしていると時刻はすっかり夕暮れ時に。


 陽が山にかかろうとしていた。ルノンさんがお手製の夕食を振る舞ってくれる。私は料理に口をつける前に椅子に座ったまま。



「ルノンさん、明日からよろしくお願いします」



 高まる緊張を胸にしまい、改めて頭を下げる。ルノンさんはテーブルに頬杖を突き穏やかな声色で私に確認をしてくる。



「苦しい部分を沢山見る事になると思うけど大丈夫⁉」



 頭を下げたまま私の視線がピタリと止まる。私は……もう覚悟を決めたのだ。頭を上げるとまっすぐにルノンさんの瞳を見て。



「はい。覚悟しています」と誓いを立てた。



 ルノンさんはそれを聞いて優しく微笑んでくれた。あんな風にあやめてしまうより苦しい事なんてないはず、と私は思っていた。


(続く)

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