第14話】-(待ち伏せ

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

トゥエル・男性〉ギルメン、半分心は乙女

奏多/カナタ〉主人公に想いを寄せる少年

──────────


 トゥエルは本のページを進めながら。


「多分、カナタは相当落ち込んでるな。いいおきゅうだ」


 今度はクスッと笑う。私もどちらかというと落ち込んでいる。トゥエルの一言がいたく響いた。


「てか、こういう話しを俺にするかね……」

「え? 何?」

「なんでもない」


 トゥエルが何かつぶやいたけれど私には聞こえなかった。私が首をかしげているとトゥエルがたしなめるように話をつなぐ。


「あれが男だよ、イトア。王子様みたいなもん想像してた?」

「……そうじゃないけど」


「カナタの事、安全牌あんぜんぱいだと思ってたんだろ?」

「う……」


「だからそんなにショックなんだよ」

「……」


 トゥエルのまとを得た答えに私はぐうのも出ない。図星をつかれて視点が止まる。さすが乙女歴おとめれきが長いことはある。「それに……」と開いた本から視線を外し、私の顔を見ながらトゥエルが言葉を続けた。


「お前はだいぶ危機感がないな。例えば今の状況わかってるのか?」

「へっ⁉」


 私の間抜けな返事に「はぁ」と溜息ためいきをついたトゥエルは私に指をさして現実を知らしめる。


「この部屋には俺とお前しかいないんだ。お前にだってそれぐらい分かるだろ? 男の部屋に一人でくるということを。俺だから無傷むきずでいられることを感謝しろ。カナタの時だって俺が止めてやらなかったらどこまで進んでいたことか……」


「わわっ⁉」

 無傷むきず……生々なまなましい言葉に私は正気を取り戻す。


 そうだ……。トゥエルがいくら乙女おとめといっても男性なわけで。それにあの時もしトゥエルがきてくれなかったらと思うと……。


「ま、俺がここに逃げて来いと言った以上、お前を傷つけることはしない。俺はあのゲスな二人と違って品性があるから」


 ゲス……トゥエルは二人のことをそう思っているんだ⁉ 非常に正直な表現だけれど二人がいたたまれなくなった私は心の中で苦笑いを浮かべた。トゥエルが言葉をつらねる度に、私の心にグサグサととげが刺さっていく。


 私が絞り出せた言葉は。


「……ごもっともです」


 頬を赤らめ冷や汗を流しながら。


「俺が特殊だってこと忘れるなよ。一応釘は射しておく」

「……うん」


「それに、俺はお前の身体ももう知っているし、唇も奪ってしまっているし。二人よりは何歩も先を歩いている訳だけど」

「わわっ⁉ そ、それは言わないで⁉」


 トゥエルは意地悪な言葉を並べて意味深いみしんな笑顔を私に向けてきた。私はたじたじになってしまい、大赤面をして手振り素振りではぐらかす。いじめすぎたかなと思ったのかトゥエルはそれ以上、追及ついきゅうしてはこず話題を戻した。


「そのうち折り合いがとれるタイミングがくるよ」、と。


 その後読んでいた本をパタンと閉じるとトゥエルは私に向かって今度はやれやれと眉を下げて少しだけ笑みを零した。その優しい眼差しに私の曇った心は和らいだ。


「ティータイムにでもするか。おい、セバスチャン、アールグレイよろしく」


 椅子に座っていたトゥエルは自分の背にいる使い魔の執事に向かって顔を天井に向け命令する。ここにきて分かったことの二つ目は、この使い魔の名前が「セバスチャン」であること。


 あまりにベタすぎる名前に初めて聞いた時は呆気あっけに取られた記憶がある。


「そうだ! ドレスの新作が入荷したって店主から連絡がきたんだった。イトア、また一緒に見に行こう」


 円卓に移動したトゥエルはさっきとは一転して両手を合わせその薄紫色アメジストの瞳を輝かせる。少年の姿を手に入れてから本当にトゥエルは性別を超えて自由に生きていた。とても生き生きとしていてまぶしい。


「うん!」

 私は紅茶を口にしながらうなずいた。



──現実世界


 トゥエルの言ったことは現実となった。


 授業も終わり下校しようと玄関を出た私は、門の隅で奏多が私を(多分)待ち伏せている光景を目にした。「あはは」と心の中で一人空笑いをする。私の姿を見つけた奏多は、頬を赤く染めながら。うつむきながら。近づいてきた。


「紬、ちょっと話しが……あります」


 たどたどしく話しを切り出す奏多。緊張の様子が伺えた。私も釣られて頬を赤く染めながらコクリとうなずいた。


 私たちは揺由と三人で下校するときに通りかかる公園に移動した。そこはブランコや滑り台、鉄棒くらいの遊具しかないちょっとさびれたとても小さな公園で。三人でおしゃべりや軽食をする時によく立ち寄っている場所。


 夕暮れ時の公園には幸いというか誰もいなかった。道路沿いにあるので時折通行人が通る。私はブランコに座り少しいでゆらゆらと身体を風に当てる。奏多は、私から背を向けて近くの手すりに背をもたれている。


 沈黙が続く。


 とうとう耐えられなくなった私は口を開いた。


「あ……あのね……」

「この間は、ごめんなさいっつ‼」


 私の言葉をさえぎって奏多は私の前に歩み寄り思いきり頭を下げてきた。


「ひゃあっ⁉」


 その勢いに圧倒されて私は肩をビクつかせながら変な声が出てしまった。

もう少しでブランコから落ちそうなくらいの勢いで。すると奏多は顔を真っ赤に染め上げ思うがまままに言葉をつらねてきた。


「あの時は……我を忘れてしまって……」

「でも誰にでもすることじゃなくて……」

「答えはゆっくりでいいなんて言っておいて……」


 奏多の気持ちは分からないわけではないのだけれど、会話は一方通行で私は困り果てる。こんなにも動揺している奏多の姿を私は見たことがなかった。私は一旦落ち着いてもらおうと思い奏多に声をかけた。


「あ、あの……奏多?」

「──っ⁉」


 今度は奏多が固まってしまった。

「どうしよう」と私は変な汗を流す。


 いつも穏やかで少しの事くらいでは動じない奏多がこんなに一喜一憂いっきいちゆうする様子。抑々そもそも、謝られてる側の私がおろおろするこの光景。なんだか私はおかしくなってきてしまい口元に手を添えてクスリと笑ってしまった。


「なっ──⁉ 笑いましたね⁉」

 やっと反応を示した奏多が息を吹き返す。


「ごめん、だって……ククク」


 私は笑いが止まらなくなってしまい最後まで言葉をつなぐことが出来なかった。奏多は何か言いたそうにしているけれど彼は言葉を探している。なんだ、こんな事だったんだ。深く考えすぎた自分がバカみたいに思えてきた。


 一歩踏み出すことに躊躇ちゅうちょしていただけなんだ、と。


「私、ああいう事があって次に会った時どんな顔をしたらいいのか分からなかったの」


 一頻ひとしきり笑い終わると私は心のままにやっと素直な気持ちを伝えることが出来た。


「ですよね。紬がそういう免疫ないって分かっていたのに。僕としたことが……」


 奏多はやっとまともに話せるようになり口に手をあて頬の赤さを隠す。いやいや、免疫がないといってもあの行動は誰でも動揺すると思うのだけれど……。


「……びっくりしちゃった。その、刺激が強すぎて」


 私は自分の足元を見ながらあの時の光景が頭に蘇り釣られて頬が赤く染まる。顔を上げると奏多の方が大赤面している。もしかしたら奏多自身が一番驚いているんじゃないかと思った。


 そんな会話を続けていると、奏多は一呼吸おき。


「……仲直りしてもらえませんか?」


 と、恥じらいの表情を浮かべ私の瞳を見つめてきた。奏多のことは一通り理解していたつもりでいたけれどこの新たな一面に私は目を見開いた。別に喧嘩をしていたわけじゃないのに。「仲直り」という表現がやけに可愛らしい。


「……避けられるのが一番つらいんです」


 奏多はうつむき答える。


 顔は見えないけれど悲痛な思いがひしひしと伝わってくる。トゥエルが言った通り私と距離を置いていた時間とても落ち込んでいたのだろうか。


 奏多も物腰ものごしは柔らかいけれどまた自信家の一人であった。そんな奏多が顔を真っ赤にして自分の弱い部分をひけらかすように私の前に立っている。


 私が思慮しりょしている間に奏多は仲直りの手を私にそっと差し出してきた。


 私は下を向き目が左右に揺らぐ。


「……うん」


 一瞬、躊躇ためらったけれど、これまでの様子をみて反省しているんだなと感じた。顔を上げ座ったままの状態でその手を握り返した。


(続く)

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