第340話
物件選びにおける鉄板イベントがある。
ずばり男女のケンカだ。
生まれ育ってきた価値観がもろにぶつかるから、ケンカするのが普通といえる。
「え〜っ! 窓からの景色が最低じゃないか⁉︎ 向こうがオフィスだぞ! 向こうの人と目が合うんだぞ!」
アキラが窓の外を指さす。
「いやいや、1日中カーテン閉めときゃいいだろう。あと、アキラが希望する物件、ベランダがない。1年中部屋干しするのかよ?」
リョウもすぐに反撃する。
「浴室乾燥でいいだろう!」
「晴れの日でも浴室乾燥?」
「そうだよ。通行人に下着見られるとか、変な心配しなくてすむだろう」
「う〜む〜」
ギャーギャーうるさい男女を担当者は困ったように見守っている。
元はといえば、リョウは普段、あまり意見しない。
さすがに物件選びなので、思ったことは全部いう。
するとアキラと衝突する。
それだけの話。
「そもそもね、リョウくんは物件に詳しくないだろう」
「たしかに。俺は無知だ」
「リョウくんが受験勉強しているあいだ、僕はコツコツ調べていたもん」
「……」
リョウは手元の携帯でネット検索した。
ベランダについて、たくさんの書き込みがある。
若い夫婦なら不要、みたいなネット記事が気になった。
掃除が面倒、利用するのは年に1回、マイホームにベランダつけたが後悔した、みたいな感じ。
「わかったよ。アキラが気に入ったやつにしよう」
リョウは降参するように手を挙げた。
「折れていいのか? 二言はないのか?」
「ないよ」
「それって僕に遠慮してない?」
「そりゃ、少しは遠慮する。でも、これは俺の決定だ」
「うむ」
これにて和解。
お客さんがケンカ別れしなかったことに、担当者はホッと胸をなで下ろしている。
「他の物件も見てみますか?」
「いえ、決めました。契約書類の説明をお願いできればと思います」
不動産屋のオフィスに戻った。
保険会社のこととか連帯保証人について説明を受ける。
けっきょく、選んだのは13万2千円のところ。
築3年で、収納が充実していて、部屋も広かった。
他の物件と比べて明らかにお得。
建物のデザインも洗練されており、エレベーターも60世帯につき1機ついているから、不満らしい不満はない。
近くに食品スーパーがあるのも自慢。
「どっちをリョウくんの部屋にする?」
「広い方をアキラの部屋にしよう」
「いいの?」
「服とかたくさん必要だろう」
「やった」
担当者がプリントを印刷しているあいだ、親に連絡した。
いい物件が見つかった、と。
「アキラが早めに行動してくれたから、優良物件が見つかったな。サンキュー」
「照れますな〜」
今回の契約主はリョウなので、書類の封筒は宗像家が預かることに。
「入居日、いつにする?」
「そうだな。最初の家電が届く前の日とかかな。鍵の受け取りは店舗でするみたいだし……」
そんな会話をしながら電車で移動する。
「ねえねえ、リョウくん、ちょくちょく実家に里帰りしようね。その時は一緒のタイミングで帰ろうね」
「はいはい、わかっているよ」
なおも不安そうなアキラは、痛ましい顔になる。
「ずっと昔、お前はワガママ星からやってきたワガママ姫だ、とトオルくんにdisられたのを思い出した。ちょっと自己嫌悪」
「いやいや、アキラがワガママなの、事実だろうが」
「な〜ん〜だ〜と〜」
現代っ子にしてはめずらしく主張が強いんだよな。
そのせいで大人相手に気後れしないのだけれども……。
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