第339話

「おめでとうございます!」


 不動産屋のスタッフから祝われた。


「今日が合否の発表だったのですね。お二人そろって合格されるなんて、大変素晴らしいことですね」


 パチパチパチと拍手された。


「いや〜、それほどでも」


 アキラが謙遜して、いったん前振りは終了。


 気になる物件について、紙をプリントアウトしてもらった。

 敷金や礼金とか、管理費とか、細かい説明を受けていく。


「ちなみに、5件ともまだ空いていますか?」

「そうですね。こちら、若い夫婦を一度ご案内して、保留中のステータスとなっております」

「むむむ……」


 この手の契約は早い者勝ち。

 くだんの夫婦がいつ連絡してくるかわからない。


「この2年更新というのは?」

「2年経ったときに、更新するか、解約するか、意思表示してもらいます。何も連絡がない場合、自動的に2年更新となります」

「えっ? それって、ちょうど3年経ったときに出ていっても、違約金が発生するということですか?」

「そうです。家賃1ヶ月に相当する金額をオーナー側にお支払いいただきます」

「むむむ……インターネットの契約みたいだな……」


 とはいえ、2年縛りみたいな制約がついていない物件がほとんど。


「どうする、リョウくん?」

「とりあえず、5件とも見せてもらおうぜ」

「そうだね」


 物件を見る順番について。

 アキラから一点、リクエストさせてもらった。


「安い物件からスタートしてもらえますか。この家賃が10万8千円のやつ。終わりは一番高いやつ、家賃が14万5千円の物件にしてほしいです。途中のルートはお任せします」

「かしこまりました。では、賃料が低い順に見ていきましょうか」


 向こうは慣れたものなので、愛想よく笑っている。

 さっそく会社の車に乗り込み、最初の物件へ向かう。


「お二人は同じ高校に通われて、お付き合いされたのですか?」

「そうです、そうです」


 とアキラ。


「理想的じゃないですか。ここらへんは大学生がたくさん住んでおりまして……」


 そんな会話をしているうちに、1件目についた。


 築年数は13年。

 今日見せてもらう物件の中だと1番の古株なのだけれども、パッと見た感じ、築7年くらいに思える。


「デザインがおしゃれですね」

「そうですね。コンクリート打ちっぱなしなので、若い方に人気があります」

「それってエアコン代がかさみますか?」

「そうなります。その分、防音面は折り紙付きですよ」


 まずは駐輪場をチェック。

 屋根があるか、スペースに余裕があるか、けっこう大切なのだ。

 明らかに持ち主がいなさそうで、老朽化している自転車を長年放置しているような場合、物件としてはマイナスの印象。


「自転車って、2人で1台でいいかな?」

「えっ? アキラって自転車に乗れるの? 補助輪なしで?」

「乗れるわい。失礼なやつめ」


 アキラの反応がかわいいから、担当者も笑っている。


「では、お部屋の中へ案内しますね」


 靴を脱いで、ピカピカの室内に入れてもらう。

 一つ一つの窓が大きいせいか、思っていたより広い気がする。


「出ていくときって、やっぱり修繕費しゅうぜんひとか取られるのですか?」

「いえ、そんなことはないですよ。普通に生活いただければ、修繕費不要のケースがほとんどです。窓ガラスにヒビが入ったとか、床の一部がえぐれたとか、このままじゃオーナーさんに見せられないな、という場合にのみ、原状回復費用ということで請求させていただきます」

「なるほど」


 アキラがコンクリートの壁をコンコンする。


「リョウくん、うっかり壊すなよ」

「壊さねえよ。ゴリラでも壊せねえよ」


 それから窓を開け閉めしたり、浴槽に座ってみたり、ベッドの位置を考えてみたりした。

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