第332話

 春の気配を感じさせる風が、駅のホームに吹いていた。

 別れと出会い、終わりと始まり、過去から未来へ。


 そういう言葉を連想させる、この時期にしては温かい風だった。


 改札口を抜ける。

 この定期券ともそろそろお別れだね、という話をアキラと交わした。


 1ヶ月ぶりくらいに学校へやってきた気がする。

 いや、実際は3日ぶりなのだが……。


「私、学校へ来たの、1ヶ月ぶりだわ〜。なつかし〜」


 クラスメイトの声を聞いていたら、自分もそんな気がしてきた。


 今日はクラスの全員が一堂に会している。

 やっぱり、人気者なのはアキラ。


「本当に宗像くんと同じ大学を受験したんだ」

「不破くんなら、もっと上の大学を狙えたのに」

「愛が深いな〜、BLコンビは〜」


 BLコンビ。

 そう、アキラは今日まで自分が女であることを周りに隠し通してきたのである。


 何回かバレそうになったことはあるが、その都度、リョウやキョウカがフォローして、凛々しい王子様の仮面を守ってきた。


 純粋にすげぇなと思うし、尊敬する。

 そんな名演技をおよそ2年半、もっとも近くで観察できたリョウは、この学園で1番の果報者かほうものかもしれない。


 アンナとキョウカが親友らしく手を取り合っている。


「もうすぐ卒業なんだね〜」

「ずっと友だちでいようね〜」

「アンナの結婚式、絶対出席するから〜」

「私も! 私も! お手紙読むから!」


 卒業式は明日なのに、すでに泣き出しそうな2人。


 アンナとキョウカには山ほどお世話になった。

 アキラとお金を出し合って、お礼の品でもこっそり渡すか。


 とある男子の周りに人だかりができている。


 横須賀よこすかの防衛大学に進学するらしい。

 将来は自衛隊のパイロットを目指すのだとか。

 大学は大学でも、防衛大学は厳しさが段違いと聞くから、折れずにがんばってほしい。


(防衛大学は半分仕事みたいな側面があり、毎月10万円くらいの給付金が国から支給される)


 担任がクラスに入ってきて、


「これから卒業式の予行演習だぞ。移動するぞ」


 と声をかけてきた。

 みんなはおしゃべりに夢中で、すぐに出ていこうとしなかったが、担任も今日は文句をいわなかった。


 高校の3年間、あっという間だったな。

 おそらく、全員が同じ気持ちだろう。


 未練とかやり残しがあるわけじゃない。

 よくできた映画みたいに、もう少し観ていたい気分なのだ。


 昔、高校生が主人公のマンガを読んだとき、高校生って大人だな、と思っていた。


 いざ自分が高校生になってみると、マンガの世界ほどキラキラしていないな、と気づいた。


 そして今後は、俺にも高校生の時代があったな、と過去を回想するのだろう。


「宗像ってまだマンガを連載しないの?」

「というか、受験勉強しながら、よく読み切り描けたよな」


 これと似たような質問を1日に3回された。


「大学在学中に連載できるようがんばるよ」


 同じセリフを返しておく。


「すげぇな」

「あとでサインくれよ」


 卒業式の予行演習が終わったあと、クラスメイトは2つのことで盛り上がっていた。


 1つは来月からの進路。

 国公立の発表待ちの人以外は決まっており、早い人だと物件も決まっているそうだ。


「うちの大学、女子寮がついているから」

「え〜、いいな〜」

「嫌だよ〜、カレシ連れてこられないじゃん」

「いないくせに」


 JKトークを盗み聞きして、リョウはニヤニヤする。


 もう1つの話題は卒業旅行。

 といっても、高校生だから、近場で一泊するか、日帰りのバスツアーくらいが関の山。


 アキラといった草津、楽しかったな。

 また旅行にいけないか、お願いしてみるか。

 レンには申し訳ないけれども、今度は2人きりがいい。


「ねえねえ、リョウくん、放課後に校内をうろうろしようよ。思い出の場所めぐり」

「ああ、いいぜ。でも、そういうのって、明日の卒業式本番が終わった後じゃない?」

「明日だと混むだろう。みんな同じことを考えるから」

「たしかに」


 廊下を歩いているとき、アキラの白い指がリョウの制服のすそをつまんできたので、みんなに隠れてデートしている気分だった。

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