第328話

 風邪から回復して2週間ほど経った、とある朝。

 リョウがリビングへいくと、ニュースの天気予報が流れていた。


『空は晴れますが、北風が強いのでご注意ください。日中はポカポカするところもあり、絶好のお洗濯日和……』


 降水確率は0%。

 冬らしい澄んだ青空が拝めそうだ。


「リョウは食パン、何枚食べる?」

「う〜ん、1枚かな」


 母にパンを焼いてもらっているあいだ、顔を洗いにいった。

 仕事の支度をしている父とすれ違う。


「いよいよだな」

「そうだね」

「なんか感慨深いな。もうすぐリョウが大学生だなんて」

「やめてよ、父さん。今日が本命の国公立なんだから。それに大学入学なら、カナミのときに一度経験したでしょう」


 いやいや、と父は首を振る。


「息子と娘は違う。カナミのときは娘を嫁に出す感じだったな」

「俺のときは?」

「う〜ん、これから甲子園へいく息子を見送る感じ」

「なんだよ」


 リョウは薄く笑った。

 そういや、父は昔、高校球児だったな、ということを思い出す。


「それじゃ、俺は先に仕事へいってくる」

「おう」

「おうって……サラリーマンか野武士みたいだな」


 リョウは右手を持ち上げた。

 その意味を察した父とハイタッチしておく。


「夜、寒くなるらしいから。風邪を引かないようにね」

「わかってる」


 母が玄関のところまで父を見送る。


「はい、カバン」

「ありがとう」


 なんだか新婚夫婦みたいで微笑ましい。


 今日の試験会場は大学。

 5,000人を超える受験者を運べるよう、駅から臨時のバスが出ているらしい。


 リョウたちは車で会場入りする予定だ。

 運転するのはリョウの母。

 道がかなり混雑するらしく、早めに出発しないと、後でバタバタすることになる。


「お母さんはいつでも出られるから。用意できたら声をかけてちょうだい」

「はいよ」


 朝食を終えたリョウは、歯磨きして、髪型を整えた。

 荷物をチェックしているとき、アキラからメッセージが飛んでくる。


『お待たせ〜』

『僕はいつでも出られます』


『わかった』

『俺もこれから出る』


 母と一緒に駐車場へ。

 カーナビに目的地までのルートが表示された。


「けっきょく、倍率はいくらなの?」

「大学全体ってこと? だったら、2.4倍くらいかな」

「リョウが受ける学科は?」

「1.2倍くらい」

「うふふ……穴場を選んだのね」


 アハハ、とリョウは返しておく。


 アキラのマンション前に着いたとき、エントランスに立っているアキラと不破ママが見えた。


 リョウは後部座席のドアを開ける。

 隙間からアキラがするりと侵入してくる。


「お母さん、お車ありがとうございます」

「いえいえ、昨夜はよく寝られた?」

「はい、とっても」


 母と不破ママがあいさつを交わす。


「リョウくんもがんばって。応援しているわ」

「どうも」


 相変わらず笑顔が若いな。

 リョウたちの車が見えなくなるまで、不破ママは道路に立って、にこやかに手を振っていた。


「リョウくん、今どんな気持ち?」

「やることはやったという達成感と、ようやく受験レースから解放されるという感心感」

「僕も一緒だよ。久しぶりに、1分も勉強しない日が欲しい。あと、家で朝から晩までダラダラと映画観たい」

「いえてる」

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