第314話

 21時になったとき、ラストの講座が終わって、この日最後のチャイムが鳴り響いた。


 予備校の自習室が開放されるのは22時まで。

 家路につく者、さらに勉強する者、半々といったところか。


 英語の問題集を1冊終えたリョウは、大人しく荷物をまとめて帰ることにした。


 ガムの銀紙の山をごっそりゴミ箱に捨てる。

 帰り道にあるスーパーに立ち寄って、チョコ、ガム、母から頼まれた牛乳を買うことにした。


『受験生応援!』というポップが目につく。


 例年であれば、そんな季節なんだな〜、くらいの感想であるが、いざ当事者になってみると、イベント参加者なのだと強く実感する。


 受験はお祭りだ、とうちの担任がいっていた。

 あんまり気負うな、というメッセージだと思う。

 志望校に受かる人、志望校に落ちる人、その2つに分かれるけれども、10年くらいしたら大して変わらない、と。


 スーパーを出たとき、アキラからアルバムのデーターが送られてきた。

 枚数がありそうなので、家でゆっくり見ることにする。


『リョウくんはまだ勉強中?』


『いや、予備校からの帰り』


『今日はまだ勉強するの?』


『軽く復習な』

『風呂上がりに40分くらい』


『そうか』

『ファイトだ』


『遊園地は楽しかったか?』


『まあね〜』

『春になったら、リョウくんと2人でいかないと』


『そりゃ、楽しみだ』


 昼飯に続いて晩飯もカレーだった。

 白身魚のフライがトッピングされており、意外にうまい。


 アルバムをパラパラとめくる。

 アキラもキョウカも遊園地ではっちゃけており楽しそう。


 キャラクターを挟んだスリーショット写真もある。

 キョウカにお菓子を食べさせてあげるアキラの図とか。


「それ、アキラちゃん?」


 後ろから声をかけてきたのは、お風呂上がりの母で、頭にタオルを巻いている。


「よくわかったね。普段とはオーラが全然違うのに」

「格好いいわね。宝塚の女優さんとは違った格好よさね」


 あっちはヅカ系といって、少女マンガに出てくるようなボーイッシュ女子……具体的には、目とか鼻とかが大きくて、濃いめの化粧が映えるタイプの顔をいう。


 ナチュラルなイケメンに見えちゃうアキラとは、やや毛色が異なるのだ。


「隣にいるのが、神楽坂さんって子?」

「そうそう。よく覚えているね」

「この前に会ったばかりだから」


 母に携帯を奪われてしまった。


「格好いい女の子とデートするの、いつの時代も憧れる女子はいるわね」

「そうなの?」


 男にはない感覚である。

 かわいい男子とデートしたい、と考える男子はごくごく一部のみ。


「お母さんの学生時代もね、格好いい女の先輩がいて、ついつい目線で追っちゃっていたわ」

「そんなに格好よかったの?」

「きれい系かしら」


 7年くらい前に大活躍していた俳優さんの名前が出てくる。

 かなり似ていた、と。


「仕事ができる女性みたいな?」

「そうそう」


 母が急にぷっと笑った。

 何かと思えば、アキラの頬っぺたにキョウカがキスする写真が出てきたのだ。


「この子ら、本当に仲良しね」

「まあね……」


 アキラとキョウカは、純粋な友人じゃない。

 2人とも秘密があって、それを互いに共有することで、鎖のようにがっちり結ばれている。


「リョウは嫉妬しないの?」

「いや、もう諦めている。アキラも神楽坂さんも猫みたいな生き物なんだ」


 嫉妬か。

 母のいう二文字は、アキラに向けられたものなのか、キョウカに向けられたものなのか、判断に迷うところだった。

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