第312話

 お参りの順番が近づいてきた。

 遊園地のアトラクションと一緒で、謎のカタルシスに包まれる。


「リョウくんは何円を投げる?」

「こういうのって、普通は5円玉じゃないの?」

「今回は50円玉にしてみないか?」


 アキラが50円玉を取り出して、穴の部分からこっちを見てきた。


「五重に縁がありますように、という意味?」

「そうそう」


 欲張りだな。

 そこがアキラらしいと思ったリョウは、財布を開いて50円玉を探した。


「いけね、500円玉はあるけど50円玉はない」

「ほらよ。僕のをやる。こんなこともあろうかと、今日は多めに小銭を持ってきた」

「サンキュー」


 リョウは50円玉と500円玉を見比べる。


「なあ、500円玉を入れたら、もっとご利益があるんじゃないの?」

「ダメダメ。それはやっちゃダメ」


 500円玉はもっとも高い硬貨。

 これ以上の効果はない、という解釈もできるから、ご利益がないのだとか。


「ほら、50円玉には穴が空いているだろう。見通しがいいと解釈できるから、お賽銭には打ってつけなんだ」

「へぇ、見通しねぇ。考えたことなかったな」


 前の列にいる参拝客も小銭を準備しはじめる。


「ちなみに、10円玉1枚もよくないとされている。たくさん流通している硬貨だから、ついつい投げがちだけれども、遠縁とおえんといって、マイナスの効果がある」

「ダジャレかよ」

「真剣な話だ」


 アキラにこつんと脇腹を突かれた。


 10円と500円はダメ。

 死ぬまで覚えておこう。


「たくさんの参拝客がジャンジャンお金を投げるだろう。賽銭箱って、あふれないのかな?」

「これは都市伝説みたいな話だけれども……」


 アキラは小声でいう。


「こういう大きな神社では、ベルトコンベア式の賽銭箱を導入しているらしいよ。あの下にベルトがついていて、自動でお金を回収してきて、ちゃんと選り分けるんだってさ」

「マジか⁉︎ 生々しいな⁉︎」

「お坊さんの卒塔婆そとばだって、プリンターで印刷する時代なんだ。どこの神社仏閣も、コスト削減の風潮なんだよ」

「なるほど。経営も楽じゃないというわけか」


 いよいよリョウたちの番がやってきた。

 ここは神社だからパンパンと手を鳴らす。

 3時間くらい並んだけれども、終わるときは15秒くらい。

 次の人たちに場所をゆずる。


「お守りを買っていこう」

「はいよ」


 アキラと色違いのお守りにした。

 ここの神社では年末年始に浄火いみびをつかった御き上げをしているので、その時に返しにくればいい。


 神社を出る。

 強い北風が吹いて、アキラの肩を震わせる。


「うぅ……さむ」

「なんか温かい物でも食うか?」

「そうだね。お正月だけれども、営業しているかな」


 ぶらぶら歩いていると、たこ焼き&明石焼きのお店を見つけた。

 これも天の助けと思って入店することに。


「アキラが好きなやつを頼めよ」

「じゃあ、明石焼きにしよう」


 12個入りを注文する。

 オーダーを受けてから焼きはじめるお店らしく、すぐに鉄板のジュワジュワ音が響てきた。


「前から気になっていたけれども、明石焼きとたこ焼きって、一緒じゃないの?」

「えっ⁉︎ リョウくん、明石焼きを食べたことないの⁉︎」

「ない。今日はじめて食う」


 見た目はまったく一緒。

 違いといったらソースで食うか、だし汁で食うかじゃないだろうか。


「そもそも、明石焼きというのは、兵庫県の明石のあたりで生まれた食べ物であり……」

「それは知っている。けっきょく、一緒じゃないの?」

「うっ……」

「アキラも知らないのか?」


 アキラが店長に声をかける。

 たこ焼きと明石焼きって、どこが違うのですか? と。


 生地が違うよ、と教えてくれた。

 小麦を減らして卵を増やしたのが、うちの明石焼きだ、と。


「ほら、みろ。別物だろう。お好み焼きととん平焼きくらい別物だろう」

「いやいや、お好み焼きととん平焼きの違い、理解してないから」


 明石焼きが出てきた。

 かつお節の香りがするスープがついており、シャキシャキの三つ葉が浮いている。


「熱いと思うから、リョウくんから食べて」

「はいよ」


 ふーふーしてから食べると、たこ焼きとはまったく別の、素朴なおいしさが口いっぱいに広がった。


「うまい!」


 思わず声が出る。

 だし汁を吸った生地が膨らむから、食べごたえも十分。


 アキラは猫舌なので、明石焼きを小さく千切ってから食べる。


「うま〜」


 あまりのおいしさにほっこり。


 店主のおっちゃんは淡路島あわじしまの出身らしく、本場の明石にいけばおいしい店がたくさんある、と教えてくれた。

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