第310話

 カレンダーは進んで1月1日がやってきた。

 1年がリセットされて、新しい365日を積み重ねていく日だ。


 キンキンに冷えた空気の中、ハイテンションのアキラに手を引かれて、大きな神社に到着する。


 一面に見えるのは人、人、人の人だかり。

 賽銭箱さいせんばこの前まで2時間か3時間はかかりそう。


「よ〜し、今年もたくさんお願いするぞ〜」

「こういうお願い事って、普通、1回につき1人1個じゃないの?」

「いいんだよ。神様は心が広いから。どうせなら5個くらい祈っちゃおうぜ」


 逆に天罰が当たらないかな、と心配しつつ、リョウも願いを考えることにした。


 まずは大学受験だろう。

 これがハイプライオリティー。


 その次に無病息災、マンガ、平穏なキャンパスライフ。

 あとアキラと仲良く過ごせますように。


 これで5つか。

 案外思いつくものだな、と考えたとき、列がちょっとだけ進んだ。


「ねえねえ、リョウくん、人形焼を売っているよ」

「寒いし、一袋買うか」


 列に並んだまま買い物できるのがミソ。

 カステラのように手が汚れなくて匂わない食べ物は、羽が生えたみたいにバンバン売れていく。


「うま〜。素朴な味わいなのに、何回食べてもおいしいね〜」

「卵だって、何回食ってもおいしいだろう。あれと一緒だよ。シンプルゆえに死ぬまで飽きない」

「なるほど。言い得て妙ってやつだね」


 小腹が空いていたので、あっという間に一袋を食べ切った。


「おっ、飴細工あめざいくのお店がある。金魚なんか、本物そっくりだよ」

「リアルだな。逆に食べにくいっていうか」

「わかる〜」


 よっぽど興味を惹かれたのか、


「僕も大学生になったら、趣味で飴細工に挑戦してみようかな〜」


 なんて口走っている。


「それ、俺が食べる係になるパターンだろう。虫歯になりたくないから、ほどほどにしてくれよ」

「バレましたか〜」


 列がダラダラと進んでいく。

 不思議とイライラしないのは、お正月の魔法のせいか。


「じゃ〜ん! マンガを持ってきました!」


 アキラが取り出したのは青年月刊誌。

 レンの連載作品『斬姫サマ!』が載っているやつ。


「アキラって、ファンレターを送るとき、どうするの? 編集部経由? それとも直接送るの?」

「いきなりレンちゃんの仕事場に送っちゃうよ」


 レンは自宅から歩ける距離に一軒家を借りていて、そこをアシスタント達との仕事場、かつ泊まり込みできる休憩室にしているらしい。

 潤沢じゅんたくな資金があるから、うらやましい限りといえる。


「ねえ、リョウくん。レンちゃんのマンガを解説してよ。マンガ家目線でさ」

「そうだな。レン先生のすごいところは、たくさんありすぎて、どこから説明すべきか迷うが……」


 まずコマ割り。

 一流の人はこれがうまい。

 キャラクターの配置と顔の向き、セリフの場所と長さ、背景の有無などを工夫して、読者の頭にすうっと入るよう計算されている。


 いかにして無駄を省くか。

 限られたページ数で話を進めるか。

 これがもっとも肝心。


 たまに人気が落ちてくる連載作品があるけれども、話が脇道にそれたり、テンポが悪くなったりして、読者離れを起こすのが原因だと思われる。


 じゃあ、なんでそんな現象が起こるのかというと、純粋にネタ切れか、疲労によるエネルギー不足だろう。


 テンポが速い。

 無駄が少ない。

 これだけで人気作にぐっと近づける。


「俺もよくやる技法なのだが、セリフがコマとコマを橋渡ししているだろう。コマ、セリフ、コマの順で読者は読み進めるから、視線が迷子にならない」

「おお、本当だ。吹き出しがちょくちょくコマとコマをまたいでいる」

「あとはページの最後のコマだな。一番左下のコマ」


 作品の熱狂的なファンというのは限られている。

 ほとんどの読者は、好きでもないけれども嫌いでもない、くらいのモチベーションで読んでいる。


 いかにして次のページを読ませるか。

 その一点にたくさんのマンガ家が心を砕いている。


「レン先生の場合、ページをめくらせる技術がうまい」


 月刊で40Pあったとする。

 見開き2Pだから読者は19回ページをめくる。


「左下に続きが気になるコマを持ってくる。たとえば、いきなり背後から声をかけられるとか。読者は次のページをめくるまで、誰が声をかけてきたのか知ることができない。そうやって興味を持続させる。アニメとか小説にはない、マンガ独自のテクニックだな」

「へぇ〜。そんなことを考えながらネームを描くんだね」

「まあな。シンプルだけど難しい」


 アキラがこの場所でバランスを崩したとする。

 転んじゃうのか、何かに衝突するのか、1秒後までわからない。


 そういうシーンをページのつなぎに置けたら理想的。

 よっぽどひねくれた読者じゃない限り、ドロップアウトしないはず。


「他には? 他には?」

「そうだな。顔の向きや表情のバリエーションかな。似たような構図が連続するとよくない。ほら、小説だって、同じ言い回しが連続しちゃうのは避けるだろう。うまい人は、引き出しがたくさんある。レン先生の場合、似たようなコマは極力減らしてくる。これが俺のような見習いには難しい……」

「ふむふむ」


 アキラは聞き上手だから、リョウも解説していて楽しかった。


「リョウくんって、マンガについてちゃんと勉強しているんだね」

「当たり前だ。氷室さんに怒られるからな」

「なるほど」

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