第二十一章 冬休み

第305話

 二学期が終わり、冬休みがスタートした。


 アキラから1つ、プレゼントを渡された。

 プリントやチラシの裏を利用したお手製カレンダーである。


 ぶっといホチキスで束ねられており、受験まであと〇〇日、と書かれている。


 あと、猫のスタンプ。

 腹へったにゃ〜、とか、ごきげんにゃ〜、とか、受験とはまったく関係ない猫が日替わりで登場する。


 これをアキラの代わりと思って側に置け。

 そういうメッセージだろう。


 気分を一新したリョウは、冬休みの2週間、人生でもっとも本気になろうと決めた。


 大学受験といったら、まずは願書。

 両親にチェックしてもらいながら仕上げて、私立大学の分は出しておいた。


 1回の受験に3万円くらいかかる。

 多い人は10回くらい受けるから、サラリーマンの月収を超えたりする。


 子育てというのはけっこう大変なんだな、と思わずにはいられない。


 とある風呂上がり。

 リョウが電子レンジで牛乳を温めて、ホットココアをつくっていると、コンビニおでんの袋を提げた父が帰ってきた。

 うぅ〜、さぶ〜、といって電子ケトルのスイッチをONにする。


「おかえり。今日は遅かったね」

「まあな。転職する部下の送別会があったからな」


 アルコールは控えたらしく、父の呂律ろれつははっきりしている。


「ねえ、お父さん、サラリーマンって大変なの?」

「どうした、急に?」

「ほら、あと5年したら俺もサラリーマンになっているかもしれないでしょう」

「そうだな。リョウもそんな歳だな」


 父は割り箸を割って、おでんをふ〜ふ〜した。


「人によるさ。学校だって、行きたい人、行きたくない人、さまざまだろう。変な話をすると、サラリーマンには向き不向きがあると思う。今日送別会をしてきたやつは、親がやっている果物の卸売りを手伝うそうだ。果物の卸売りだぞ。想像できるか?」

「わからない。儲からないの?」

「まず、儲からん」


 果物は年によって豊作と不作がある。

 一番ダメージを受けるのは農家だけれども、卸売りもダメージを受けたりする。


「やっぱり、サラリーマンは安定している。毎月給料がもらえる。カードの審査にも通りやすい。サラリーマンからサラリーマンへの転職は、比較的楽だしな」

「まるで優良物件みたいだね」

「そうだな。お得だ」


 父は屈託のない笑顔でいった。


「サラリーマンの俺がいうんだ。サラリーマンは悪くない。だから、説得力があるだろう」

「でも、俺のマンガを担当してくれている編集さん、サラリーマンだけれども、とても大変そうだよ」

「仕事が多くて大変って意味だろう。本当に大変なのは、仕事がなくて大変って状態なんだ。忙しいうちが華ってやつさ」

「ふ〜ん」


 リョウはココアを飲んで、父の言葉をじっくり咀嚼そしゃくしてみた。


「どうだ? マンガでやっていけそうか?」

「わからないよ。文句なしの天才なんて、1%くらいだしね」

「どのくらいマンガ本を売れば、一生プロでやっていけるんだ?」

諸説しょせつあるけれども……だいたい1,000万部は売らないと」

「それは大変な数字だな」

「普通は無理だよ」


 父は大根を食べたあと、1,000万部だと売り上げが50億か60億は立つな、とサラリーマンらしい発言をした。


「お父さんは昔の夢とかあったの?」

「さあな、飛行機のパイロットになんとなく憧れていたかな。けっこう狭い門だし、正規のパイロットになるまでお金もかかるから、いつの間にか諦めたけどな」

「パイロットか。男の憧れではあるよね」

「そうそう。近所にきれいなお姉さんが住んでいた。向こうが10歳くらい上で、時々お菓子をくれた。そのお姉さんは航空会社のCAとして採用された。そういう憧れもあった」

「思いっきり煩悩ぼんのうじゃん」

「お母さんにはいうなよ」


 父と息子でクスクス笑った。

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