第302話

 不破ママとアキラの料理はおいしくて、いくらでも会話が弾んだ。


 リョウが気に入ったのはキッシュ。

 感動のあまり、家でつくれるのですね、と質問しちゃったくらい。


 キョウカは七面鳥の丸焼きを絶賛していた。

 美しいフォーク&ナイフさばきも披露ひろうできて、ご満悦まんえつといった感じ。


「トオルさんでも苦手な食べ物とかあるのですか〜?」

「あ〜、あるある。ハンバーガーのピクルスとか。食えるっちゃ食えるけれども、単品なら食えるというか、肉やパンと一緒のピクルスは苦手なんだよね」

「あ〜、わかります。酢豚のパイナップルは苦手な人みたいな」

「そうそう。キョウカちゃんの表現、うまいね」

「えへへ」


 抜群のコミュニケーション能力をほこるキョウカを、アキラは微笑ましそうに見守っている。


 それからの話題は必然、大学受験のことになった。


「へぇ、キョウカちゃんは一族が入学する大学があるんだ?」

「そうなんですよ。100年以上、一族の人間はそこを卒業しています。古臭いですけれども、血のおきてみたいなやつです」

「息子を絶対イートン校に入れちゃうイギリス貴族みたいだね」

「あはは……」


 すると不破パパが横から口をはさんだ。


「高校と違って、大学はコネをつくる場所という意味もあるからな。親同士のつながりとか、しがらみがたくさんあるのだろう」

「なんだよ、親父。今日はよくしゃべるな」

「当たり前だ。家族がそろうのなんて半年ぶりだからな。それに……」


 ガーリックトーストを頬ばる娘に、トゲを含んだ視線を向ける。


「アキラなら、トオルと違って、医者を目指せただろうに。女医の不足はこの業界の課題とされている」

「こらこら、パパ。アッちゃんに文句をいわない。1人でどうにかできる問題じゃないでしょう」


 横槍を入れたのは不破ママ。


「アッちゃんは、手術する人より、演劇する人になりたいもんね〜。パパよりママに似たもんね〜」

「そうだよ〜」

「なるべく、家から近い大学に通ってほしいわ」

「うむ、いま住む場所を探している」


 母子の連携プレーの前には、不破パパも歯が立たないらしく、困り顔になっている。


「ときに宗像くん」


 次の話題に選ばれたのはリョウ。


「君の受験は大丈夫なのかい? 約束のこと、覚えているだろうね」

「ええ、もちろん」


 リアクションに困ったリョウは、


「あと3ヶ月もしたら、吉報を届けられる予定です」


 つくり笑いで返しておいた。


「吉報でも悲報でも、どっちでもいい。悲しむのはアキラだ。私じゃない」

「こ〜ら〜! パパ、いじわるはダメ!」

「ふん」


 だよな。

 かわいい娘は嫁にやりたくないよな。

 でもトオルが将来、お嫁さんをもらうわけだから、プラスマイナスはゼロと考えてほしい。


「受験勉強しているから、マンガ家宗像は休業ってことか?」


 これはトオルからの質問。


「いちおう描いています。細々ですが……」

「ふ〜ん、大変だな。このご時世、マンガ家になりたいやつも大学いくって話だしな」

「クリエイターはどの分野でも大変だと思っています」

「なるほど、ね」


 ちょっと会話が途切れた隙に、キョウカがビール瓶を持ち上げる。


「トオルさん、グラスが空いています」

「おう、サンキュー」


 それから不破ママと不破パパにもおしゃくする。


「この時期は急患が出やすい。だから、私はグラスに半分くらいでいい」

「お仕事、大変ですね」

「そうだな。20代の頃みたいに不眠不休で働くのは難しいな」


 不破パパは研修医だった時代を懐かしむようにいった。


「ほら、リョウくん、僕がお酌してやる」


 アキラにシャンメリーを注いでもらった。


「何としても大学に合格しろ。そして僕のパパをぎゃふんといわせろ」


 お返しにリョウがお酌してあげる。


「そうなるよう善処するさ」

「相変わらずのゆるさだな、君は」

「いやいや、気合いで勝てる世界なら、少年マンガの主人公みたいに腹の底から吠えるさ」


 アキラがフォークに突き刺したローストダックを向けてくる。

 リョウは犬みたいにパクついた。

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