第301話

「うぃ〜す、ただいま〜」


 トオルに連れられて不破家にお邪魔した。

 ズコズコと歩いてきたのは、おかんむりのアキラ。


「トオルくん、おっそ〜い! 3時には帰ってくる約束だっただろう!」

「勘弁してくれよ。俺はいつも2時間遅れるだろう。2時間遅れはセーフにしてくれないかな?」

「通るか、そんな理屈!」


 アキラと目が合う。

 やっほ〜、と手を振る。


「おっ、いらっしゃい、リョウくん! キョウカちゃん!」


 今日のアキラはロングニットとスカートの組み合わせ。

 ウィッグは付けておらず、ショートヘアだから、超レアな女の子&短髪の姿。


「お邪魔します。1階のところで偶然トオルさんと会いました」

「キョウカちゃん、敬語になっているよ」

「あら、いけない」


 キョウカは初となる不破家に興奮しまくり。


「今日って、アキラちゃんのご両親もいるの?」

「もちろんさ」


 いざ、リビングへ。

 目に飛び込んできたのは、おいしそうな料理の数々。


 具沢山のスープ。

 色とりどりのサラダ。

 ガーリックトースト。

 ほうれん草とベーコンのキッシュ。

 合鴨あいがものローストダック。

 白身魚のソテー。

 冷製パスタ。


 ホテルのコース並みに豪華な料理を、すべてアキラと不破ママがつくったらしい。


 ごくり……。

 お行儀ぎょうぎが悪いと知りつつ、のどが鳴ってしまう。


「あ、お肉、うまそう」


 トオルが1枚、ローストダックをつまみ食いした。


「おい、こら、抜け駆けするな」

「でも、うまいぜ、これ。アッちゃんが料理したの?」

「そうだぞ。僕が下味をつけたんだぞ」

「やるじゃねえか」


 えっへんと胸を張るアキラの横で、キョウカはメロメロに。


「トオルさん、つまみ食いする姿も格好いいわ〜」


 まあね……。

 人を好きになると、欠点すら愛せるよね。


「じゃ〜ん! メインディッシュが焼けたわよ〜!」


 不破ママがオーブンから取り出したのは、七面鳥とたくさんの野菜を一緒に焼いたやつ。

 写真で見たことあるけれども、実物の方が何倍もおいしそう。

 というか、不破家のクリスマス、豪勢すぎるよな。


「キョウカちゃんは、毎年七面鳥を食べるのかな?」


 不破ママが水を向ける。


「1年に何回か、うちのシェフが焼いてくれますが、クリスマスには毎年出てきます」

「へぇ〜、お抱えのシェフがいるんだ〜。私たちもいつかご相伴しょうばんにあずかろうかしら」


 出たよ、お抱えのシェフ。

 一流のお金持ちか、超一流のお金持ちか、分かれるポイントだよな。


「宗像くんも今日はたくさん食べてね。気に入った料理があれば、タッパーに入れて持って帰ればいいから」

「ありがとうございます」


 不破ママの神がかった性格のよさに感謝する。


 がちゃり。

 ドアが開いて、不破パパがやってきた。


「いらっしゃい、宗像くん、神楽坂さん。会うのは久しぶりだね」


 仕事が忙しかったのか、不破パパはお疲れモード。

 目の下のクマが今日は一段とひどい。


「なんだよ、父さん、医者の不養生かよ」

「父さん以外の医者に向かってその言葉をつかうなよ、トオル。真面目に傷つく人は多い」


 こうして並ぶと、鋭い目つきとか、トオルと不破パパの共通点が見つかる。

 さすが女優のハートを射止めた男。


「そうそう、これ、父さんへのクリスマスプレゼント」


 トオルが渡したのは漢方薬。

 ラベルのところに『健康長命』とプリントされている。


「けっこう高かったから、効くだろう。腎臓じんぞう肝臓かんぞうが疲れると、睡眠の質が落ちるんだってな」

「まさか息子から漢方薬をもらうなんてな。俺も歳を取ったものだ」


 ため息をつく不破パパであった。

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