第281話
気持ちのいい
遠くでカラスが鳴いている。
空が
お茶のペットボトルがリュックに眠っていることを思い出す。
キャップをひねって、残りを一気に飲み干した。
隣にアキラがいる。
おへそを露出させて、くーくー眠っている。
レンはローテーブルに向かって、ノートに何かを描いていた。
カリカリカリカリ……。
鉛筆が1秒たりとも止まらない。
誰かに似ている。
そうだ、斬姫だ。
マンガ家と主人公はちょっと似るのだろうか?
おもしろい命題だな、という気がした。
一心不乱にスケッチするレンをしばらく観察した。
姿勢がきれいだから、30分だって飽きずに眺めていられる。
レンは手を止めない。
頭の中に完ぺきなイメージが存在していて、淡々と紙に落としている感じだった。
これは驚異的なことである。
レンにとって、絵やマンガを描くことは、工場で車を組み立てることくらい、シンプルな作業なのかもしれない。
レンの手が止まる。
けっきょく、フィニッシュするまで、レンは1秒たりとも手を止めなかった。
「カナタ先生、エッチね。絵を描く私を凝視するなんて」
「仕方ないだろう。声をかけづらかったんだ」
レンが描いたのは温泉のスケッチ。
記憶だけを頼りに、細部まで忠実に再現している。
湯気とか。
水面の反射とか。
鉛筆一本なのに、たくさんの技法がちりばめられている。
「上手いな。さすがレン先生」
「当然よ。イルカが上手く泳げるのと同じくらい当然よ」
「その絵、どうするの?」
「そうね……」
レンは2本の指で鉛筆をクルクルさせる。
「いつか斬姫の舞台に登場させる。斬姫が草津まで
「そして、草津の地に血の雨が降ると。ていうか、江戸時代から草津温泉ってあるの?」
「あるはずよ。
アイディアが生まれたことに満足したのか、レンはノートをカバンにしまった。
「むにゃむにゃ……」
アキラが半目を開けた。
「温泉まんじゅう……食べたい……」
思いっきり寝ぼけている。
レンは自販機で冷たいミルクティーを買ってきた。
アキラのおでこにピタッと押し当てる。
「おはよう、アキちゃん」
「ああ、レンちゃんか……おはよう」
「温泉まんじゅうじゃないけれども、これをあげる」
「うん……ありがと」
トイレで用を足してから出発した。
草津の街並みはポツポツとライトアップされている。
昼間と違って、居酒屋のあたりが盛り上がっていた。
テレビや雑誌でたくさん見た景色だ。
初見のはずなのに、懐かしい気持ちにさせられる。
「今日のお宿はこっちだよ〜」
アキラが携帯でマップをチェックしている。
歩いて15分くらいの距離にある民宿らしい。
「うっ……暗いなあ」
そうなのだ。
街灯がめっきり減って、木々がうっそうと生い茂っているから、獣でも出てきそうな雰囲気がある。
頭上の枝がゴソゴソと揺れた。
大きなカラスだった。
「クマとか出てきたらどうしよう……」
「黄金の頭脳を持つレン先生を最優先で守るしかない。人間国宝みたいな存在だからな」
「えぇっ⁉︎ 僕は⁉︎」
「俺とアキラでレン先生を守る。カバンの中の食料をそこらへんにばら
「そんな⁉︎ この3人の中だと、僕が一番おいしそうなのに⁉︎」
けっきょく、クマに出くわすことなく、予約しておいた民宿に到着できた。
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