第278話

 新宿駅までやってきた。


 1人である。

 背中のリュックには一泊するための着替えを詰めている。


 アキラの様子が怪しいことには、前々から気づいていた。


 旅行の行き先を伏せるのもそうだが、集合場所に新宿を指定されたのもそう。

 とはいえ、旅館の予約から、バスの手配まで、計画を丸投げしているわけだから、リョウが文句をいえる立場じゃないのだけれども……。


「バスターミナル近くの喫茶だよな」


 見つけた。

 テラス席で優雅にコーヒーを飲んでいる。

 リョウの接近に気づくと、やっほ〜、と手を振ってくれた。


「おはよう、リョウくん」

「おう、おはよう」


 ツッコミどころはたくさんある。


 まずファッション。

 今回のアキラは男装なのである。

 髪にワックスをつけており、ぴょんぴょん跳ねさせているから、新宿という街においても、格好よさで頭一つ抜けている。


 上はジャケットにフード付きパーカー。

 下はタイトなデニムに黒色のブーツ。


 ハイセンスである。

 容姿に負けないくらい服装もイケている。


 まあ、いい。

 男装はアキラのアイデンティティみたいなやつだ。

 格好いいカノジョ、というのも属性も、捨てたものじゃない。


「なんでレン先生がいるんだよ」


 やっほ〜、とレンが手を振ってきた。


 こちらはお嬢様お嬢様したファッション。

 袖口のところがシュッとしたブラウスに、チェック柄のスカート、ロリータ靴のようなパンプスを組み合わせている。


 特筆すべきは髪型。

 いつもはシンプルなローツインなのに、この日は毛先をロールさせている。

 これから憧れの王子様と遊びにいくプリンセスみたいに。


 2人とも美男美女である。

 ありきたり、という意味ではリョウだけ浮いている。


「どうしたの? カナタ先生、私が参加するって知らなかったの?」

「うわっ……出会って3秒でマウントかよ」


 アキラに腕をぐいぐい引っ張られて、カフェの外へ連れていかれた。


「どういうことだ、アキラ?」

「まず、君の気分を害したことは謝る。でも、これには深い訳がある」

「アキラがいうと、何でも深い訳があるように聞こえるんだよな」

「まあまあ、ねるなよ、僕とリョウくんの仲じゃないか」


 トロンとした上目遣いが、リョウの心をくすぐってくる。


「念押ししておきたいのはね、別にリョウくんの存在を軽視した訳じゃない、という部分だ」

「レン先生がくるなら、レン先生がくるって教えてくれよ」

「仕方ないだろう。レンちゃんは忙しいんだ」


 アキラが男装している理由はこうだ。


 スケジュール的にレンの旅行参加は厳しい。

 けれども、アキちゃんが男装するなら、がんばってみる。


 アキラは提示された条件をのんだ。

 その結果が、現在の姿というわけである。


「嘘つけ。絶対に男装を楽しんでいるだろう」

「あ〜あ〜あ〜! そういうこと、いっちゃう? いま僕は、深く傷ついたぞ」

「わかったよ。男装している理由は納得した。他にいいたいことは?」


 よくぞ訊いてくれました!

 アキラはそういって指を鳴らした。


「リョウくんは、去年、修学旅行へいっただろう。でも、僕は参加していない。レンちゃんも、マンガが忙しくて、学校の修学旅行に参加していない。だから、これは遅れてやってきた修学旅行なのだよ」

「なるほど。レン先生を誘った理由は納得した。でも、アキラはいちおう、北海道を満喫していたよな?」

「トオルくんとな。あれは家族旅行。同級生と一緒じゃないと意味がない」


 な〜んか丸め込まれた気がする。

 でも、アキラと一緒に旅行するのは確かだから、文句をいうのはお門違かどちがいというやつか。


「わかったよ。3人で楽しもうぜ」

「それでこそ、リョウくんだ。期待したまえ。おいしい料理、ぽかぽかの温泉、きれいな自然が、草津くさつの地で待っている……あ、草津ってバラしちゃった……まあ、いっか。とにかく、英気を養おう」


 温泉郷の草津か。

 リョウは初めてなので、ワクワクしかない。


「ん? アキラって、レン先生と一緒に温泉入るの?」

「そうだよ〜。背中を流し合いっこするんだよ〜」

「百合てえてえかよ。いいな、おい」

「レンちゃんをのぼせさせてやるのじゃ〜」


 BLやったり、GLやったり、カメレオンみたいな少女だけれども、そういう演技力の高さが、天才役者としてのアキラの魅力を下支えしているんだよな。

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