第十九章 二学期(中)

第277話

 秋もだんだん深まってきたころ。

 4回目となる全統模試の結果が返ってきた。


 C判定だ。

 しかも4つ。


 手放しで喜べるスコアじゃないけれども、リョウは小さくガッツポーズしておいた。


「リョウ選手、リョウ選手、今回の結果はいかがでしょうか?」


 アキラがマイクに見立てた拳を向けてくる。


「上々の成績ですね」

「上々ですか? この時期でC判定はマズいのでは? という声もちまたにあふれていますが?」


 リョウは、いやいや、と首を振っておく。


「あれは学習塾のセールスです。受験生をいたずらに不安にさせて、自分たちの売上を増やそうとする作戦です。流されてはいけません」

「なるほど。ユニークな分析、ありがとうございます」


 アキラはぷっぷと笑ってから、失礼、と笑顔で取りつくろった。


「リョウ選手については、勉強にかまけて、マンガを1ミリも描いていないのでは? という指摘がありますが?」

「いいえ、描いてます。WEBマンガへアクセスしてください。時々、更新していますから」

「画力をキープするために?」

「そうです。筋トレです」


 4コマはいい。

 ストーリーが細切れになっている。

 とりあえず目先の1話だけ考えて、明日のことは明日の自分に任せる、みたいなやり方が通用する。


「勉強に全力集中しないのでしょうか? よりスコアが伸びると思いますが?」

「ダメですね。勉強しているうちにマンガを描きたくなって、マンガを描いているうちに勉強したくなるのです。いわばモチベーションの循環です」

「リョウ選手なりに工夫しているのですね。ありがとうございます。以上、リポーターの不破がお届けしました」


 それまで温和だったアキラの表情が険しくなる。


「おい、リョウくん、たしかに君は成長している。でも、成長のペースが遅くないか?」

「やっぱり、アキラもそう思う?」

「いや、努力を否定しているわけじゃない。でも、努力すりゃいいってわけじゃないだろう。ゲームのレベル上げじゃないんだ。努力することが目的の努力マニアになってはいけない」

「それは正論だ」


 アキラに携帯を奪われた。

 勝手にアプリストアを開いてポチポチしている。


「僕がおすすめのアプリを教えてやる。これに毎日、学習時間と学習した科目を入力していきなさい。僕が先生の代わりにコメントしてやる」

「この学習計画、アキラとシェアできるの?」

「そうだ。1人だとモチベーションが上がらないだろう。小学生の日誌みたいなやつだ」


 1週間や1ヶ月の実績をグラフでチェックできるらしい。

 こんなサービスが無料で利用できるなんて、便利な世の中に生まれたといえる。


「活用できるものは活用する。この世には、腐っている宝があふれている」


 というわけで、アキラが勉強のコーチになってくれた。


「僕がリョウくんを2年間観察してきた感じだと……」


 与えられた目標をクリアする。

 これは得意。


 マンガがよい例だ。

 いつまでに20P描いてきて。

 そのように氷室さんから指示されたら、ちゃんと描いてくる。

 いわゆるミッション遂行能力は備わっている。


「勉強もマンガも一緒だろう。手順みたいなやつがある。正しい勉強法で覚えないと効率がよくない」

「そうなの? 初めて聞いたぞ」

「あ・る・ん・だ・よ」

「はい……」


 たとえば英単語。

 暗記する ⇨ テストする

 この流れが鉄板である。


「リョウくんは、自分でテストを用意して、自分でテストを解いているだろう?」

「まあな。勉強は1人でやるものだ。仕方ない」

「いやいや、そうじゃない」


 アキラいわく、他人に採点してもらった方がいいらしい。


「自分で採点したら、あ〜あ、結果が悪かったな〜、で終わるだろう。だから、僕が毎日テストを出してやる。そっちの方が刺激がある。勉強には刺激が必要なんだよ。もしスコアが8割を切ったら、僕がネチネチ嫌味をいってやる」

「それは画期的なシステムだな。全問正解したら褒めてくれるの?」

「アニメ声で褒めてあげようじゃないか」

「天才かよ」


 さっそく勉強する気が湧いてきた。

 でも、その前に……。


「旅行しよう。受験生らしく、神社でお参りしてこよう。パワースポットをめぐろう。その計画を立ててきた。リョウくんが本気になるのは、その後でいいからさ」


 なんと一泊する予定らしい。


 行き先は当日まで秘密。

 バスで移動する、とだけ教えてくれた。


「それって、アキラと一緒に入浴できるの?」

「安心しろ。そのようなオプションは存在しない」

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