第226話

 アキラは紛れもなく光っていた。

 その声で、その目線で、その表情で、たくさんの観客を魅了していた。


 救国の皇女。

 それを立派に演じきった。


 けれども、観客の意識がアキラに向いていたのは、トオルが登場してくるまでだった。


 トオルを星にたとえるなら、0等星かマイナス1等星。

 アキラが1等星の輝きを放ったとしても、強すぎる光に隠れてしまう。


 皮肉なのは、相手が血を分けて、共に育ってきた兄ということか。


 トオルにはスター性がある。

 それもずば抜けている。


 息子と娘の共演を、不破ママはあごに指を添えて、楽しそうに眺めている。


「あの子もまだまだね」


 トオルに対する言葉か、アキラに対する言葉か。

 知るための手段が、リョウにはない。


 2時間半の劇が終わり、カーテンコールになった。

 割れんばかりの拍手が団員たちに注がれる。


 トオルに背中を押されて、アキラが3歩進み出た。

 おじぎするアーサー姫(代役)に、ひときわ温かい拍手が注がれる。


 リョウも、レンも、立ち上がって拍手した。

 本当にすごいものを見させてもらった。


「すごかったね、アキちゃん」

「さすがだな」

「隣にいる男の人、誰なの?」

「アキラの兄貴だよ」

「ああ……どうりで……」


 レンは途中で言葉を切ったけれども、1人だけモノが違う、と主張したかったのだろう。


 ロビーのところでアキラの戻りを待つ。

 お客さんの大多数が帰ったあと、ニャンコ柄のトートバッグを提げた女の子が出てきて、それがアキラだった。


「お疲れ、アキラ」

「お疲れ、アキちゃん」

「うむ、本当に疲れた。やりきった感があるよ」


 今日の出演料ギャラ

 10,000円らしい。

 レッスン生の身だから、本当はノーギャラらしいが、あまりに可哀想ということで、トオルがポケットマネーから出してくれた。


「焼き肉でも食べたい気分だけれども、疲れすぎると食欲ってなくなるよね」


 やれやれ顔のアキラに、いきなりレンが抱きつく。


「アキちゃん、とってもいい匂い」


 鼻をクンカクンカさせて、表情をとろけさせている。


「ちょっと、レンちゃん、恥ずかしいよ。僕は汗をかいているから」

「照れているアキちゃんもかわいいね」

「もう、仕方のない子だな〜」


 アキラが脇をこちょこちょすると、レンは小学生みたいにキャッキャと笑った。


「あの〜、すみません」


 大学生らしい女性から声をかけられる。


「アーサー姫の役を演じていた方ですよね。サインをいただけませんか?」


 パンフレットとマーカーを差し出してきた。


「いいですよ」


 アキラは笑顔で応じたが、いざ書こうとして、手が止まってしまう。


 あいにく決まったサインがない。

 かといって本名を書くのは違う気がする。


『AKIRA』


 キレのある文字で、シュルシュルっとサインした。

 猫のイラスト付き。


「ありがとうございます。とってもステキな演技でした」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 アキラにとっては、久しぶりのサインらしい。

 有名なマンガとか、有名なダンサーと被るから、『AKIRA』というサインに抵抗があったらしいが、その人気にあやかってもいいだろう、と思考をチェンジしたそうだ。


「アキラにしては謙虚だな」

「失礼な。僕はいつだって謙虚に生きるよう努力している」

「努力している時点で、謙虚じゃないと思うが」

「な〜ん〜だ〜と〜」


 その会話を聞いていたレンがクスリと笑った。


「私はお仕事があるから。そろそろ失礼するわ。アキちゃん、今日は楽しい時間をありがとう」

「うん、こっちこそ。また一緒に遊ぼう」

「アキちゃんママが誘ってくれた。いつかうちに泊まりにきなさいって」

「えっ? ママが? じゃあ、泊まりにくる? レンちゃんのご両親、OKしてくれるかな?」

「大丈夫、取材のためというから。アキちゃんの生態観察」

「まいったな。僕もレンちゃんを生態観察せねば」


 おい、こら!

 百合百合するな!


「じゃあ」

「また連絡する」


 アキラはしたり顔になったあと、


「どうしたの、リョウくん? 僕らに嫉妬しているの?」


 あざとく挑発してきた。


「するかよ〜、アホ〜」

「まあまあ、一学期が終わって、夏休みになったら、また別荘にいこうぜぃ」


 そろそろ新学期か。

 アキラが男の子に戻る季節だな。

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