第169話

 そして翌朝。


「イタタタタ……」


 太ももをスリスリするアキラがいた。


「なんでアキラが筋肉痛なんだよ?」

「だって、仕方ないだろう。自転車をこぐの、けっこう大変なんだ。上り坂がキツかったし。リョウくんが走るの、まあまあ速いし」


 ホント体力ないよな。

 体育の授業を欠席しているから当然か。


「リョウくんはどうなの?」

「少しだけ筋肉痛だ。あと、昨夜はぐっすり寝られたよ。今朝は早起きして、マンガを描いてきた。やっぱり、朝の目覚めがいいと、筆が進むな」


 しばらく続けるかな、ジョギング習慣。

 アキラを運動させた方がいい気がしてきた。


「アキラの筋肉痛が治ったら、また走りにいこう」

「えぇ〜」

「嫌なの?」

「わかったよ! リョウくんが大変な時期だから協力してやる!」


 季節は2年生の三学期。

 授業のペースも難易度もちょっと上がる。


 う〜ん……。

 勉強との両立ってしんどい。


 どうすっかな、大学受験。

 マンガで推薦すいせんとれないかな?


 無理か……実績が少ないし……大学は勉強しにいくところだし。

 それなら芸術系の大学を狙えよ、て話になるし。


(大学によってはマンガ専攻の学部がある。卒業生がたくさんマンガ家になっている)


 2日後にアキラの筋肉痛が治った。

 約束どおり、河原のジョギングコースを疾走しっそうする。


「リョウくん……ちょっと待って……疲れたよ」

「自転車の人が先にへばっちゃったよ」


 ん?

 ママチャリのタイヤ。

 けっこう空気が抜けてプニプニしている。


「アキラ、最後に空気入れたの、いつか分かるか?」

「わかりません!」


 だよな。

 帰り道、自転車屋があったので、空気入れを貸してもらうことにした。

 いたら200円で虫ゴムを交換してくれるらしいので、前後とも新調しておいた。


「おおっ! ペダルが軽くなった!」

「アキラの母さん、自転車のメンテとかしなさそうだしな」

「リョウくん、自転車のことに詳しいね! へぇ〜、あのミミズみたいなゴム、虫ゴムっていうんだ!」


 キラキラした目を向けられる。


「うちは父親がパンクを直すから」


 アキラが自転車をシャーっと飛ばす。

 小学生みたいに笑っている。


「自転車って、意外と楽しいな。僕たちも自転車通学がよかったな」

「電車だと、どうしてもストレスが溜まるよな。ちょくちょく遅延に巻き込まれるし」

「そうそう。がんばっている駅員さんには申し訳ないけれども」


 街灯がポツポツついている道をゆっくりと帰る。


 日曜日は遠くの公園まで走ってみた。

 マンガ家の中には、家から一歩も出ないよ、という人もいるらしいが、正直、リョウなら発狂する。


「はい、リョウくん、タオル」

「おう、わりぃ」


 汗をぬぐったタオルを返す。

 するとアキラは、証拠品を見つけた警察官みたいに、端っこを指先でつまんだ。


「リョウくんの汗の匂いがする」

「そりゃ、するだろう。俺だって人間なんだから」

「くんくん……リョウくんのベッドの匂いだ」

「恥ずかしいからやめろ」


 今日は寒空の公園でピクニック。

 アキラがリュックの中からサンドイッチを取り出した。


「クロワッサンに切れ目を入れてね、サラミと、チーズと、レタスと、トマトをはさむのが、とってもおいしいんだ〜」

「お店のクオリティというか、約束されたおいしさだな。ん? ソースがかかっているのか?」

「ゆずジャムを少し足しているのです!」


 はむはむ。

 アキラは本当に楽しそうにご飯を食べる。


 水筒にはあつあつの紅茶。

 こっちも一杯わけてもらった。


「なんか、悪いな。マンガがなければ、猫カフェでも付き合うのに」

「こらこら、余計な心配はいいから。いまは自分のミッションに集中しなさい」

「はい」


 くぅ〜。

 アキラと遊びにいきて〜。

 映画館とか、図書館とか、たまにはゲーセンとか。


 何なんだよ、マンガって!

 大切な人との時間を減らす必要悪か⁉︎


「アキラ、よかったらこの後、俺の家にこないか?」

「ごめん、リョウくん!」


 秒速でふられた。

 しょぼ〜ん。


「ママとパパと3人で、美術館の猫フェアを観にいく約束があるのです! あとで写真を送ってあげるから許してね!」

「はい、俺はマンガをがんばります」

「うむ、ファイトなのです!」


 マンガ家とか、小説家とか、画家とか、作曲家って。

 孤独な仕事だよな。


 ありきたりな悩みに悶々もんもんとするリョウであった。

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