第147話
リョウは自宅のベッドでゴロゴロしていた。
机の上には、学校から持って帰ってきた、ムーンライト・ワンダー・テイラーが飾ってある。
絵本をハナブサ出版から出すという話。
アキラはひじょ〜〜〜に後ろ向きなのだ。
わからん。
どう考えてもチャンスなのに。
アキラの才能が認められたというのに。
恥ずかしいのかな?
あるいは、不特定多数には見せたくないとか。
電子書籍で出版されると、読者レビューとか、低評価とか、気にしちゃうだろうし。
でも、リョウが知っているアキラと違う。
もっと積極的で、アグレッシブで、アクセル全開な女の子のはず。
もしや、リョウの体力が心配とか。
ありえるな、一番近くで観察しているのはアキラだから。
リョウはベッドから起き上がり、携帯の
「うわっ、リョウくん⁉︎」
「いま時間いいか?」
「ちょっと待って」
受話口から聞こえるクラシックの音量が小さくなる。
「読書中なのに悪いな」
「ううん、平気。それより、どうしたの?」
「絵本を出す話、やっぱり受けるべきだと思う」
「ダメだよ。氷室さんだって反対するよ。いまはマンガに集中しないと」
「いや、氷室さんには、さっき電話でOKをもらった。がんばって、といわれた」
「そりゃ、氷室さんは大人だから。ダメとはいわない。でも、内心では、絵本に浮気してほしくないと思っている」
「浮気ってな……」
ダイヤモンド並みの
アキラに追加ストーリーを書いてもらわないと、何も始まらないというのに。
どうする? どうする?
原作者の意思を尊重して、やっぱり諦めるか。
夜中に口論しても仕方ないし。
いや、知恵をつかえ、宗像リョウ。
トム・ソーヤとかジム・ホーキンズみたいに。
「アクセサリーを買おうぜ。絵本の印税が入ったら。あんまり高くないペアリングなら買えるだろう」
「バカちん! プレゼントの心配はいいから、さっさと寝なさい!」
やべぇ、怒って電話を切られちゃった。
アクセサリーで釣る作戦、大失敗じゃねえかよ。
「こりゃ、明日の朝がラストチャンスだな」
リョウは部屋の電気を消して、ひとり作戦会議をはじめた。
『そもそも、彼女はなぜあそこまで反対するのですかね?』
小さなリョウがいう。
『やっぱり、理由があるのではないでしょうか? それを把握しないのは、目隠ししたまま、ビリヤードの球を突くようなものです』
別の小さなリョウがいう。
どうして? どうして? どうして?
イメージを膨らませろよ、アキラの心のイメージを。
『やっぱり、体力が心配なのです。風邪を引きやすい時期ですし』
『いやいや、氷室さんのメンツですよ。大人に気をつかっているのです』
『四之宮レンを1日でも早くぶっ倒したいのです! 絵本に1日つかうと、夢が叶うのも1日遅くなります!』
なんか、違う。
もう1個、理由があるはず。
アキラらしい。
プライドの高い。
リョウだと思いつかないような理由。
「て、俺が思いつかないと、意味がねえじゃねえか」
あくびをもらした数秒後、リョウは深い眠りの中へと落ちていった。
そして翌朝。
お守りを手にとった。
夏休み、アキラが手づくりしてくれた、リョウがマンガ家として成功しますように、という願いが込められたお守り。
まさか。
アキラの気持ち、見えたかも。
「おはよう、リョウくん」
「おう、おはよう」
駅へと向かう道すがら。
「絵本をハナブサ出版から出す話、やっぱり諦める」
アキラがピクッと反応した。
「へぇ、意外だね。リョウくんなら僕を説得してくると思ったよ」
「だって、アキラ、絶対に首を縦に振らないだろう」
「うむ、たしかに」
電車がコトコトと揺れる。
アキラはいつもみたいに外国文学を読みはじめる。
「意外だな。諦めるっていう俺の言葉、真に受けるのかよ」
「ん? その発想はなかったな。つまり、リョウくんは僕に嘘をついたのか」
「条件付きで諦める。アキラが反対する理由を俺が当てられなかったら、絵本を出版するという話はナシだ」
「ほう、おもしろい」
アキラは小説を閉じた。
「とても不思議な気分だよ。理由を当ててほしくない。そう思う反面、当ててほしいと願う小さな僕もいる」
「いかにも人間らしいジレンマだな」
「そうだ。ジレンマだ」
リョウが用意した答えというのは……。
「アキラは、俺が最初に出版する本が、マンガじゃないと嫌なのだろう」
「……⁉︎」
「俺に絵本作家としてデビューしてほしくないのだろう」
「うぅ……どうしてわかった?」
「アキラらしい理由といったら、それしかないよ。アキラの性格からして、本当の理由を自分から口にするとは思えないし」
「やるな、リョウくん、ご名答だ。つまり、僕の勝手なわがままだ。でも、この気持ちに気づいたのは立派だ」
「バーカ、アキラのことなら、何でもお見通しだ」
「うぅ……」
アキラは読書を再開させると、
「1日くれないか。前より格段に優れている、大人の心を本気でえぐるストーリーに仕上げるから」
心のワクワクを隠さずにいった。
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