第146話
アキラと甘々ムードになっていたとき。
ドンドンドンッ! と部室をノックする音がした。
「はい、どうぞ、開いてますよ」
アキラがティアラを外しながらいうと、ドアが吹っ飛びそうな勢いで開いて、息を切らしたユズリハが入ってくる。
「不破先輩! 宗像先輩! 大変なことが起こりました!」
大げさだな。
小学生みたいにアワアワしちゃって。
「どうしたの? 良いニュース? 悪いニュース?」
アキラが頭をなでて、落ち着かせてあげる。
「とっても良いニュースだと思います。が、お二人が喜ぶかどうかは分かりません」
「ほう」
美術部のところに、我が校の卒業生が訪ねてきた。
そして『ムーンライト・ワンダー・テイラー』に興味を示したらしい。
この絵本を描いた人、この中にいますか、と。
20代の女性で、いまは出版社に勤める人。
ということは……。
「もしかして、ムーンライト・ワンダー・テイラーを出版したいってこと?」
「おそらく!」
マジかよ!
今日一番のサプライズかも。
いや、だって、あの絵本、中身が12Pしかないし。
製本したらペラペラに仕上っちゃうのでは?
「とにかく、会って話を聞いてみるか。わざわざ呼びにきたってことは、本当に興味があるみたいだし」
とリョウ。
「そうだね」
アキラはちょっと緊張している。
自分の作品をプロに見られるのって、気恥ずかしいよな。
リョウならともかく、アキラは慣れていないし。
「酷評されたら、どうしよう……絵はいいけれど、ストーリーが最悪って」
「いやいや、絶対ないから安心しろ」
美術部の展示スペースへいくと、メガネをかけたポニーテールの女性がいた。
「お連れしました!」
「へぇ〜、君たちが」
渡された名刺には、ハナブサ出版、と印字されている。
聞いたことはあるな。
たしか、女性向けの趣味本とか外国文学を出している出版社のはず。
「背の高い君が作画で、スマートそうな君が原作かな?」
「そうです」
「あと、作画くんはマンガ家志望?」
「はい」
その女性は、ムーンライト・ワンダー・テイラーを手にとると、
「この絵本ね、グサッときた! 現代社会とファンタジーの融合みたいな! ぜひ私の出版社から出したいんだ!」
「ちょっと待ってください。薄いですよ。そこら辺の同人誌よりも薄いです」
リョウは一番気になる点に触れてみたが……。
「あっはっは、おもしろい表現だね。たしかに薄いね」
あまり問題じゃないらしい。
というのも……。
「ガッカリさせたらごめん。私たち、電子書籍の絵本のレーベルを充実させたいんだ。つまり……」
24Pの絵本なら、定価200円。
48Pの絵本なら、定価400円。
という具合に、ページ数によって、値段を決めているらしい。
「というのも、絵本を描く人って、なかなかいなくて、ネットで探したりするんだよ。アマチュアの人が趣味で描いていて、それを出版させていただく、とか。だから、ページ数も値段もバラバラなの」
草の根みたいな感じかな。
アキラを見た。
ちょっと複雑そうな表情。
だよな。
思い出づくりで描いた絵本だし。
リョウと違って、作品を売る、みたいな考えには抵抗があるはず。
「何個か質問させてもらってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
リョウが気になるポイント、その1。
「ぶっちゃけ、この作品のセールスポイントはどこだと思います?」
「もちろんストーリーだよ。20代、30代の女性なら、胸に突き刺さる。特にこの猫田さん。こんな猫人間いたら、癒してもらいたいよね。高校生なのに、よくこんなキャラ設定を思いついたね、て褒めてあげたい。……あっ、もちろん、絵に見所がないというわけじゃないよ」
やっぱり、ストーリーか。
アキラも嬉しいのか、ほおが少し緩んだ。
リョウが気になるポイント、その2。
「出版するにあたり、加筆修正とかいりますか?」
「まことに申し訳ないのだが、いる。最低でも20Pか24Pはほしいかな。ストーリーはそのままで、細部を深掘りしてほしい。さすがに12Pだと、物足りない印象を与えかねない。いくら絵本とはいえ」
倍増か。
まあ、予想していた答えだな。
リョウが気になるポイント、その3。
「失礼な質問なのですが、印税って、ちゃんと出ますか?」
「あっはっは、高校生のお小遣いとしては十分すぎるくらい出るから安心して」
美術部のメンバーが、おおっ、とどよめく。
お金が嫌いな高校生、いないからね。
「一晩考えてみて、明日、お電話させていただきます」
「ちょっと、リョウくん⁉︎」
アキラが慌てる。
君はマンガがあるから、絵本どころじゃないでしょ、と。
でも、こんなチャンス、人生で一度かも。
全力で遠回りするなら、氷室さんだって、笑って許してくれるはず。
リョウたちが出した答えは……。
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