第128話

 その土曜日は、カレンダーを2ヶ月くらい戻したような、暑さのキツい日だった。


 うっすら汗をかいたアキラを、リョウは団扇うちわであおいであげる。


「あつ〜。8月みたいな青空だね〜」

「風も穏やかだから、屋外で写真を撮るには、申し分のないコンディションだな」


 パンフレットを刷新するという話。

 アキラはその場で受けておいた。


 けっこうな額の図書カードをくれるから、お得なバイトって感じだし、何より決め手となったのは、


「アシスタントが一名必要なのだけれども、もし不破くんが話を受けてくれるなら、アシスタントの生徒を自由に指名していいわよ」


 という約束。


「それって、リョウくんでもいいってことですか?」

「もちろん。体力のある生徒ならね」


 リョウが一緒なら……。

 そういう背景もあり、人生初のアルバイトを経験中である。


「宗像くん、機材を中庭まで運ぶの、手伝ってくれるかな」

「はい!」


 学園OBのカメラマンと一緒に、撮影の道具を運びまくるから、リョウも全身汗まみれに。


「私もあおいで〜!」


 アンナがスススッと寄ってきた。


「はいはい」

「まさか、ここまでの晴天とはね。地球温暖化かな。私のお母さんが子どもの頃はね、もっと日本は涼しかったって」

「それと同じようなセリフ、あと20年したら雪染さんも口にしているよ」

「え〜、私、おばさんだな〜」


 アンナは制服の胸元をパタパタする。

 男の子ならドキッとする仕草だな。


「でも、雪が降らなくなるのは嫌だな」

「名前に雪がついているから?」

「うん!」


 かわいい……。

 こりゃ、ミタケじゃなくてもれるな。


 3階の窓から、女子たちが顔をのぞかせた。


「いいな〜、不破くんと一緒か〜」

「撮影、がんばって〜」


 吹奏楽部のメンバーだ。

 アンナも手を振り返している。


 すぐに10分間の休憩が終わり、撮影がリスタートした。


 校門、中庭のベンチ、体育館、教室、図書室……。

 とにかく歩き回る。


 1,000枚くらい撮ってんじゃないかって感じだが、実際に採用されるのは、4枚か5枚らしい。


「OKです! お二人とも表情がいいので、私も仕事がしやすいです!」


 とカメラマン。


「あとで、電子データをもらえるのですよね?」

「はい、ダウンロードできるURLをご案内いたします」


 アンナがにっこりと笑い、アキラとハイタッチする。


「こうして休日に不破くんと会うの、はじめてだよね」

「うん、なんか新鮮かも」

「でも、制服姿か〜。不破くんって、いつも、どんな服を着ているんだろう。やっぱり、家で本を読むことが多いのかな」


 そっか。

 アンナと会うとき、レンタル彼女のふぅ子さん、て嘘をついてるから。

 アキラは休日のアンナを知っているけるども、アンナは休日のアキラを知らないんだ。


「休みの日は近場で過ごすよ。雪染さんは?」

「友だちと予定が合えば、遠出するかな。そうそう、宗像くんとなら、偶然会ったことがあるんだよ。しかも、2回も! 1回目はショッピングモールでね、2回目は遊園地でね。きれいなレンタル彼女さんを連れていたんだよ!」


 アンナはリョウの方をチラ見すると、


「不破くんというパートナーがありながら、宗像くんは浮気者だ!」


 と茶化すようにいった。


「リョウくん、浮気はよくない」


 アキラも悪ノリしてくる。

 こいつ……。


「楽しいんだよ、意外と。ふぅ子さんとデートするの」

「ふ〜ん、僕も一度お会いしたいなぁ」


 アキラがニヤニヤ。

 くそ……あとで頬っぺたプニプニしてやる。


 木陰で休憩しているとき。

 アンナの携帯にメッセージが届いた。


 相手はミタケ。

 何回かやり取りしているっぽい。


「本当ならね、今日はバスケ部の練習日なんだ。でも、須王くん、まだ練習に参加できないから、かわいそう」


 あと、須王くんからリップクリームもらったんだ。

 というアンナの話を、アキラは楽しそうに聞いている。


「須王くんって、あまり女子と話すイメージがないけれども、雪染さんとなら、たまに話すよね」

「あと、キョウカもね! これは私の大胆予想なのだけれども……」


 アンナは人差し指を立てると、


「須王くんって、実は、キョウカのことが好きなんじゃないかな」


 と小声でいった。

 リョウとアキラは反応に困ってしまう。


「ええと……雪染さんがそう思う根拠は?」


 とリョウ。


「修学旅行のあたりから、私に優しいんだよね。そして、私とキョウカって仲良しでしょ。だから、私に優しくすれば、須王くんのいいうわさがキョウカの耳にも入る、ていう作戦。ね、ありそうだよね」


 いやいやいや⁉︎

 ミタケの頭じゃ、そんな恋の駆け引きできない!

 とか、ストレートに返すわけにもいかず……。


「休日に複数人で出かけて、反応みてみよっかな〜」


 アンナは小動物みたいにキュッと唇を結んだ。

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