第82話

 二学期にはたくさんのイベントが予定されている。


 すぐに思いつくだけでも、

『体育祭』

『修学旅行』

『学園祭』

 の青春イベントBIG3がお待ちかねだ。

 もっとも高校生らしい時期といえるかもしれない。


 でも、その前に一個だけ。


 学園でトンデモナイ事件が起こった。

 それに巻き込まれた、しかも解決に貢献したので、ちょっと触れておく。


 始まりはフンだった。

 ダーティーな話で申し訳ない。


「ここに来る途中、自転車でウンチをひいちゃった」

「うわ〜、サイアク〜」

「学校の近くの道?」

「ううん、学校の中で」

「えっ〜、信じらんない!」


 アンナとその友人がわいわい盛り上がっている。


 それから一週間。

 ウンチを見かけた、ウンチを踏んだ、という報告が多数寄せられた。


 誰だよ⁉︎

 野糞したやつ⁉︎


 生徒たちは色めき立ったけれども、


「あれは間違いなく犬のフンだぜ」


 と何人かの生徒が指摘した。

 さらに、用務員のおじいちゃんがきれいに後片付けしているので、いったんフンのことは忘れ去られた。


 しかし、アキラは違う。

 コナン・ドイルとか、アガサ・クリスティの小説を読みすぎているから、


「すべての事件とは、解決されるために生まれてきた、迷子みたいな存在なんだよ」


 とリョウに向かって力説してくる。


「いやいや、事件は事件、迷子は迷子だろう。まったくの別物だ」

「もうっ! わからず屋だな!」


 悔しそうにバタバタする。


「リョウくん、冷静に考えてみて」

「どうした?」

「この学園の敷地に犬が出入りしているんだよ」

「そうなるな」


 アキラは手を30cmくらい広げる。


「僕が見かけたフン、このくらいの大きさだった」

「おう」

「フンのサイズから逆算するに、本体のサイズはこれくらい」

「デカイな。ジャガーかよ」


 それもそのはず。

 犯人の正体は日本最強のファイティング・ドッグ。

 土佐犬とさけんなのである。


 血の気が多いから、国によっては飼育が規制されている。

 そんなモンスター犬が敷地をウロウロしているらしい。


 キョウカをチラ見した。

 土佐犬みたいに眉間みけんにシワを寄せている。


 は〜ん。

 何か知っているな。


「ときにキョウカお嬢様。お時間をいただいても?」


 リョウは机の横にしゃがんだ。


「なによ?」

「どうして学校内に土佐犬のウンチが落ちてんだよ」

「ウンチ、ウンチうるさいな〜。ウンチで喜ぶとか小学生かよ」

「いや、喜んではいない」


 キョウカは長い長いため息をもらす。


「放課後、ボードゲーム部の部室にお邪魔してもいい?」

「よっぽどデリケートな話題らしいな」

「そういうこと」


 夕方、職員室へ向かう道すがら。

 キラキラした服装の派手なオバサンとすれ違った。


 魔女みたいに目が吊り上がっている。

 あと、キツい香水の匂いをプンプンさせている。


「ああ……本当に腹が立つ……本当に腹が立つ……」


 ずっと独り言をいっている、感じの悪いオバサンだ。

 ゴツい指輪なんか、特にサイアク。

 

 あんな教師、うちに在籍していたっけ?

 アキラに確認してみたら、よく分からないと前置きした上で、


「この4月から時々見かける人だよ」


 と教えてくれた。


 ふ〜ん。

 不審者ではないのか。


「ちょっと、リョウくん、一点だけ気になったことが」

「へぇ、奇遇だな。俺も気になったことがある」

「さっきのオバサン、犬を連れてなかった?」

「それな」


 いやいや。

 冷静になれ、宗像リョウ。


 ここは校舎の廊下。

 土佐犬を散歩させるオバサン、いるわけねえだろう。


「アキラの妄想じゃねえか? 建物の中に土佐犬がいるとか、B級ホラー映画だぜ」

「僕は犬としかいってない。どうして土佐犬だと?」

「うっ……」

「つまり、リョウくんも見たんだね」

「ここは21世紀の日本だぞ。そんな珍事、あってたまるか」


 頭がおかしくなりそうだぜ。

 一日の半分を過ごす校舎に土佐犬が住んでいるなんて。


「やっほ〜」


 キョウカもそろったところでミーティング開始。


「では、神楽坂さん。あなたが知っている真実を教えてください。土佐犬の飼い主は誰なのです」


 ホームズ気取りのアキラがいう。


「一度くらいは顔を見たことがあるかもしれないけれど……」


 盆場ぼんばチエルという女らしい。

 今年度から、この学園に寄生している。


「寄生?」

「名ばかりのポストを与えたの。あのバクダン女にね」


 盆場 ⇨ ボンバー ⇨ バクダン女 だってさ。

 怒らせるとヒステリーを起こす、超絶メンドクサイ人らしい。


「あの女、いちおう私の親戚だから」

「つまり、倉橋トモエ理事長の親戚でもあるのか?」

「そういうこと」


 この時のキョウカの顔を、苦虫を噛み潰したような顔、と表現するのだろう。


 そうか、そうか。

 ストーリーが見えてきた。


 盆場チエルというヒステリック女は、一族の嫌われ者として通っている。

 厄介払いされて、生活費に困ってしまい、ここに流れ着いたのだ。


「盆場さんのお仕事は? 毎月のお給料をもらっているんだよね」


 アキラがいう。


 お茶、お昼寝、テレビを観ながらゴロゴロ。

 これだけで手取り30万円を月々支給されている。


「いいご身分だぜ」

不良債権ふりょうさいけんよ! 無能の極みだわ!」


 キョウカとしては、一日でも早くバクダン女を追い払いたい。

 浮いたお金で学校の備品を買い替えたいそうだ。


 その点についてはトモエ理事長も同意している。


 倉橋トモエ・神楽坂キョウカ vs 盆場チエル

 バトルの構図が見えてきた。


「待て待て、45歳とかになるまで、遊びまくってきた人間なんだよな。そんなの、理事長がちょっと本気を出せば……」


 赤子の手をひねるみたいに瞬殺じゃねえか?


「おい、宗像。あの鬼畜メガネが本気になったら……」


 間違いなく血の雨が降るぞ。

 キョウカが震えまくりの声でいう。


「私は嫌なんだよ。親戚の変死体がこの近くで発見されるとか」

「おっしゃる通りで」


 盆場チエルも不穏な空気に気づいたらしい。

 二学期に入ってから用意したのが護身用の土佐犬。


 このボディガードをいつも側に置いている。

 トイレにも連れていく周到さ。


 うわぁ……。

 病的なまでに迷惑だな。

 せめてフンくらい処分しろよ。


「手切金を渡すから、出ていってほしいのが本音だけれども……」


 盆場チエルはこの学園にずっと居座る気だから、わざわざ土佐犬を見せつけて、


『トモエさんも私に手出しできないでしょう! 危害を加えようものなら、この子が生徒を無差別に攻撃するわ! そうしたら、全国区のニュースになるのは必至! 学園のイメージもガタ落ち! オッホホホホ! 抑止力なのよ! ざまあみろ! 私を一生養いなさい!』


 と高笑いしているんだって。


「あのバクダン女、頭を真っ二つにして、中身をグチャグチャにしてやりてぇ」


 キョウカが本音をぽろり。

 やっぱり、女子って怖いな。


「土佐犬に罪はないけれども、フンをまき散らす飼い主は浄化されるべきだと思う」


 アキラもやる気に。


「やれやれ、俺も協力するしかないな」


 そういう背景があり、リョウ、アキラ、キョウカの三国同盟による、盆場チエル&土佐犬退治が始まったのである。

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