第66話

 帰りの電車にコトコト揺られていた。


 コトコト、コトコトコト……。

 なんかシチューの具材になった気分だね、とアキラが屈託くったくのない笑顔を向けてくる。


「俺たち、ジャガイモか」

「僕は牛スジ肉がいいな〜」


 そうだ、とアキラが手を打つ。


 近所のスーパーに寄る。

 ビーフシチューの具材をそろえて、リョウの家へ向かう。


「キッチンを借りるね」

「野菜の皮をむくの、手伝うよ」

「は〜い」


 大鍋いっぱいのシチューをこしらえた。

 冷凍保存しておけば、リョウの父や母も食べることが可能。


「ポイント稼ぎ?」

「リョウくんを堕落だらくさせる、悪い友人と思われたくないのです」


 女の子っぽくてかわいい発想だな、とリョウは思う。


 シチューは普通においしかった。

 アキラの手づくりと知り、はしゃぐ母の姿が目に浮かびそう。


「リョウくんのママ、今日も遅いのかな」

「たぶん、夜の11時くらいに帰ってくると思う」

「だったら、リョウくんのお部屋で休んじゃおう。食べたら眠くなっちゃた」


 そういってリョウのベッドに寝転がる。


「クンクン、リョウくんの匂いがします」

「恥ずかしいからやめろ。あと、俺を堕落させるな」

「もしかして、胸がときめいちゃった?」

「アホか」


 けっきょく、アキラは夕暮れまでマンガを読んでいった。


 一食分のシチューを持って帰る。

 自分の夕食用らしい。


「アキラの母さん、今夜はいないのか?」

「お医者さんの婦人会の集まりがあってね」


 ホテルでディナーを食べてくるらしい。


「婦人会とか、響きがブルジョワだな」


 語尾に『ざます』とか付けそう。

 あと、巻貝みたいに盛ったヘアスタイルの人がいそう。


「あっはっは。それはリョウくんの妄想」

「そうなの?」

「勤務医の奥さんも、サラリーマンの奥さんも、絶対に見分けがつかないよ」


 マンション前で立ち止まる。


「リョウくん、目をつぶって」

「どうした、急に?」

「いいからつぶってよ」

「これ、ご褒美のチューみたいな流れだろう」

「いうなよ! もうっ! おとなしく目を閉じなさい!」

「はいはい」


 少し前屈みになったとき。

 頬っぺたにチュッと触れる感触があった。


「パパと和解できた、そのお礼なのです」

「もう一回やって」

「うぅ……欲張りさんだな……」

「右頬だけだと、バランスが良くない。俺の左頬がジェラシーを燃やす」

「それは困った頬っぺただね」


 追加のキスをもらうのに成功。


「じゃあね、バイバイ」


 アキラは晴々とした表情で去っていく。


 それから数日後。

 リョウは病院へ向かった。


 いよいよ父が退院する日。

 たくさんのフルーツや花がある。

 紙袋に詰めると、両手がいっぱいになった。


「リョウは知らないだろうけれども、お父さん、ああ見えて、会社だと重宝ちょうほうされているのよ」

「会社だとって……。なんか、家だと重宝されていないみたいな言い方だね」

「そんなことないわよ。自転車のパンク修理とか、排水溝つまりを直すの、とても上手なのよ」


 母がウフフと笑う。


「良いことでもあった? 声が弾んでいるね」

「それがね……」


『今度、うちでお茶会をしませんか?』

 不破パパから誘われたらしい。


「あの先生が?」

「クールなイメージだったけれども、本当は心優しい人なのね」


 もちろん、OKの返事をしている。

 不破パパは忙しいらしく、別の医師の口から、


「退院おめでとうございます」


 と言葉をかけてもらった。


「お礼の品を持っていかなきゃ」

「お医者さんに個人的なプレゼントをするのって、厳密には、コンプライアンス違反なんじゃないの?」

「あら、ややこしい横文字を知っているのね」


 同じ高校に子どもを通わせる保護者同士。

 だから、仲良くしても不自然じゃない、みたいな理屈らしい。


「アキラちゃんのお母さんに会えるの、楽しみだわ。娘さんに似て、きっと美人よね。そうだ、美容院を予約しておかないと」

「張り切っているね」


 お茶会のメンバーは親だけ。

 だから、リョウとアキラは蚊帳かやの外。


 どんな話をするのだろう?

 やっぱり、進路の件とか?

 リョウの短所をペラペラ話されると困るな。


「安心しなさい。リョウの顔は立てておくから。お父さんとお母さんだって、学生のときに知り合って、それが縁で結婚したのよ」

「だから、そんなんじゃないって」


 そもそも、アキラ……。

 学校だと男子生徒なわけで。


「でも、お医者様の娘さんだから、ぼやぼやしていると、アキラちゃんにお見合いの話が舞い込んでくるかもしれないわ」

「それは……」

「ほら、リョウだって興味があるんじゃない」


 ぐぬぬ……。

 否定はできない。


「アキラちゃんの昔話、バッチリ仕入れてきます。小さいころの写真とか、見せてもらおうかしら」

「はいはい、好きにしてよ」


 外堀から埋める作戦だな。

 やれやれだぜ。

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